「おっ」と思ったライトノベルの冒頭を挙げてみる
元ネタはこれ。リンク先ではいわゆる名文を挙げてる人が多いけど、こちらは自分の趣味が出たのか、あんまりそういうものはない。
辻斬りのように男遊びをしたいな、と思った。ある朝とつぜんに、そして五月雨に打たれるように濡れそぼってこころのかたちを変えてしまいたいな。
―――桜庭一樹『少女七竈と七人の可愛そうな大人』
喪男的には尻込みしてしまう冒頭だけど、それをいい意味で裏切る清浄(?)な本編だった。いや実際のところはどろどろとしてるんだけど、主人公のキャラクターに救われました感じ。逆にそのまま突っ走ったのが『私の男』。
下痢のため一刻も早く排便したいのですなどと十七歳の女子高生が人前で言うはずがないのだ。
―――田中哲弥『ミッションスクール』
おっさん臭さ全開の下ネタ。これが電撃で売れると思う方が不思議だ。いや基本的にはあの人好きだけど。
空は良く曇っていた。
とぼとぼ俯いて歩く中学生にとっては、ちょうど良い天候だった。
夏服なのに黒を基調とした制服のせいか、少年は鬱々とした物語の主人公みたいに見える。黒いカッターシャツの少年は空の色を独り占めして、出口のない青い憂鬱感にため息をついた。
「……はぁ」彼の名前なんて、加藤、で充分だろう。
―――中村九郎『黒白キューピッド』
この作品が必ずしもあの人の中で一番いいとは思わないけど、冒頭でやられた!とは思った。
新聞記事より抜粋
十月四日早朝、鳥取県境港市、蜷山の中腹で少女のバラバラ遺体が発見された。身元は市内に住む中学二年生、海野藻屑さん(一三)と判明した。
―――桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
不可避な結末に向かって突き進む物語。
結婚して、今のアパートに住み移ってしばらくしたころ、私はその事実に気づき、早速仕事から帰ってきた旦那に報告した。
「隣の大家さん、宇宙人かもよ」
何の脈絡もなく(冒頭だから当然なんだけど)唐突にありえない話を切り出す、というのはよくあるけど、この作品の場合全編通してそんな感じ。
神山佐間太郎は、神様の息子である。
持ち上げておいて突き落とす系。その手の物語に蔓延する全能感への反抗、とかなんとか。
めちゃくちゃ気持ちいいぞ、と誰かが言っていた。
だから、自分もやろうと決めた。
山ごもりからの帰り道、学校のプールに忍び込んで泳いでやろうと浅羽直之は言った。
―――秋山瑞人『イリヤの空、UFOの夏 その1』
秋山は冒頭も結末も印象的なフレーズが多い。この物語が、何かが起こりそうな夏休みの初日……ではなく、翌日から2学期が始まる最後の日から始まっている、というのも興味深いかも。
七歳の夏、彼は死んだ。
最後に覚えているのは、黒い大きな目が彼を覗きこみ、
「この子、死んでる」
そう言ったこと。そのとき、彼は自分が死んだのだと理解した。
覚えているのは、金の鳥。あれを見ていたとき、彼は確かに死んでいたのだ。
死と再生、とかなんとか。
チュチュチュチュチュチュチュ
ヒョーイ ヒョーイ ヒョーイ ヒョーイ
ギイッ ギイッ
ヂヂヂヂヂヂ
クワーッ クワーッ
バキッ バキバキッ
シシシシシシシ
ヒ―――ン ヒ―――ン
ピチチチチチチ
ギャーッ ギャーッ
ゴルルルル
―――瀧川武司『どかどかどかん』
擬音萌え。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、背の高い門をくぐり抜けていく。
汚れを知らない心身を包むのは、深い色の制服。
スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻らせないように、ゆっくりと歩くのがここでのたしなみ。
もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたない生徒など存在していようはずもない。
多分、今現在ライトノベルで最も有名であろう出だし。だから言うわけじゃないけど、ここのところの言霊力は結構なものがあると思う。一気に異世界に引き込まれる。対抗馬は『ロードスという名の島がある』辺りか。OVAだと微妙に変わってたけど。
「見ないで!」
だが彼は見ていた―――というより、身体がマヒしてしまったように身動きがとれない。部屋の入り口に立ち尽くして、彼はただぼうぜんと彼女を見下ろしていた―――
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単に印象的な書き出し、というだけなら『火の粉』や『エンジェル・ハウリング』の方に軍配が上がるのだけど、シリーズ通して読んだ後だとこちらへの思い入れがどうしても強くなる。冒頭で「だが」「というより」という表現を連発してるのがある意味秋田らしい。
気がつくと、いきなり異世界だった。
「ををっ!」
思わず笑みを浮かべつつ、エリはあたりを見回した。
窓ひとつない、石造りの部屋!
怪しげな実験機材の数々!
「をををっ!」
部屋の隅から、彼女に視線を注いでいる、いかにもそれもんの魔道士姿!
「をををををををををっ!」
そして彼女の立っているところ―――床より一段高くなった台座に描かれた魔法陣。
「これよっ!」
彼女はその場でガッツポーズを取った。
「あたしはこーゆーシチュエーションを待ってたのよっ!」
魔道士は、ただぼーぜんと、そんな彼女を眺めている。
「毎朝の通勤ラッシュもっ!塾も来年の受験戦争も、やがてやって来る就職もっ!親の小言もうっとーしー担任も、これでぜぇぇぇぇぇんぶさよならよっ!」
あえてこっち。お約束からの逸脱、ということについて常に意識してきた(気がする)神坂一の姿勢が良く分かる。
何百メートルだか何千メートルだかの空の上に、よりいっそう黒さを増した雲が招集かけられて、タイミングの相談。話がまとまって、地上に向け自由落下してくる雨粒の初めの一個に直撃される、かわいそーなあたしのツムジ。雨粒の質量と重力加速度と17歳の女の子がハゲる可能性の相関関係について心配したくなる一瞬である、とかね。
―――そんな風にして、ワケありな春休みの日の雨は降りだした。
―――川崎ぶら『雨の日はいつもレイン』
今で言う中二病的な言い回しを好む女の子の内面表現。身に覚えがある人はごろごろ転げ回ること請け合い。
ルドルフ・パレンチノ、ゲーリー・クーパー、タイロン・パワーにトニー・カーティス。
そしてマルチェロ・マストロヤンニがグレーの壁に掲げられている額の中で微笑んでいる。
―――越沼初美『由麻くん、松葉くずしはまだ早い!』
いきなり固有名詞の連続。有名な映画俳優ではあるけど、よほどの度胸がないとこういう書き出しはできないんじゃないかなあ。
異世界(こことはちがう)、異時間(いつか)、異空間(どこか)。
あるところに一つの大陸があり、多くの人間(ひとびと)が生活(くら)していた。あちこちに都市国家(くに)があり、互いに抗争(けんか)したり、同盟(なかよく)したりしていたが、おーむね平和(のんき)な世界(ところ)であった。
―――秋津透『魔獣戦士ルナ・ヴァルガー(1) 誕生』
()内はルビ。全編通して大体こんな感じ。