ザンヤルマの剣士/麻生俊平/富士見ファンタジア文庫

ザンヤルマの剣士 (富士見ファンタジア文庫)

ザンヤルマの剣士 (富士見ファンタジア文庫)


気弱な高校生・矢神遼は、黒服の紳士・裏次郎から一振りの剣を手渡される。それは古代に栄え、滅んだイェマド文明の遺産・ザンヤルマの剣だった。裏次郎は魔法のような力を持つ遺産をばら撒くことで、人々を誘惑し、破滅に引きずり込んでいたのだ。それを食い止めるため、遼は幼なじみのサバイバルガール・朝霞万里絵と戦いに身を投じていく。伝奇サスペンスアクション。全10巻。


現代学園異能の先駆け。90年代富士見にあって人の心の闇という重いテーマに真っ向から取り組んでみせた意欲作。笑うせえるすまん。気弱な少年が主人公でラストが人類補完計画っぽかったり、「エヴァ」と絡めて取り上げられることも(シリーズ開始はTVシリーズより2年以上早く、完結は「EOE」より半年ほど遅い)。またオウム事件を予見してみせたような新興宗教ネタを扱ったこともよく知られ、社会派小説として評価する人も多い。人気作家の乙一にも影響を与えた。


……というのがだいたいの世評だと思う。それが間違ってるとは思うけど、自分にとって本シリーズはまず「どんなディティールの描写でも手を抜かない」小説だった。図らずも強大な力を手にしてしまった主人公が毎回悩み傷つき苦しみながらも一つ一つ答えを出していく辺りの葛藤は無論、日常的な食事の描写、敵のことを探るための探偵行為の描写、新興宗教によるマインドコントロールの描写……。「スレイヤーズ」なんかに慣れた身からすると、そこはもうちょっと削ってもいいんじゃない?というところも丁寧に描写を積み重ねていく。服でも車でも銃でも、いちいちこのキャラクターならこれだろうっていう固有のブランド名を挙げていくのもその一環か。そのため、ページ数は膨らむし、お世辞にもテンポがいいとは言えない。アクションシーンはよく言えば地に足が着いているが、悪く言えば地味で退屈だ。でも、それゆえにこそ、幼なじみで同じマンションに住んでいるサバイバル技術の訓練を受けた帰国子女の美少女、超古代文明の遺産を手に正体を隠し戦う高校生(戦闘時は剣の力で視力が回復し、眼鏡を外すのがポイント)なんてベタだけどキャッチーな設定や、意外にこっぱずかしいラブコメ描写、遺産相続人たちの定型的なトラウマ、言っちゃえば青くさいテーマも説得力を持つ。そういう意味では同じく90年代富士見ファンタジアでぶいぶいゆわせてた冴木忍と同質にして正逆の存在(またそれか)だったんだと思う。……逆に言えばそういったディティールに紙幅を割けない短編はいまいちなのだけれど。


その他では、イラストを担当している「弘司」の存在も大きい。この人の、過度にアニメアニメしておらず、しかも華のあるキャラクターは、それだけだとどうしても地味になりがちな本作にうってつけだった。また、良くも悪くもあとがきで自作について触れ、ここはもっとああすればよかったあれはよくできたと語る辺りは、和月伸宏と似たようなものをちょっと感じた。少年漫画/ライトノベルヒューマニズムを強調した作品を、って点でも共通してるかも。

各巻感想

  • ザンヤルマの剣士:男の子は年上の女性に失恋して成長する/「努力、克己心、人類愛……偽善と自己韜晦は、なんと文才の豊かなことか」1巻目の裏次郎は詩人/相手の深層意識に入っていく辺りは「サイコダイバー」シリーズを思い出した。後半になってくるとこの能力がもっと大きな意味を持ってくる/エロマンガ家の「裏次郎」ってひょっとして……?/この巻だけイラストに枠がないのね。
  • ノーブルグレイの幻影:「エヴァ」といえば、2巻にして既にカヲル君みたいな美少年が傷ついた遼に近づいてくる。遼やシンちゃんみたいな気弱な少年には同世代の幼なじみ美少女とか怖いから、包容力のある同世代の美少年に惹かれるってのはあるんだろうなー。BL的な意味抜きで。自分にもちょっと覚えが/まあちゃんの尋問シーンに思わずドキドキしてしまった/こんなところで高校野球の暗部が見られるとは/この頃はまだ「旧陸軍の諜報部隊出身」なんていう経歴の登場人物が出てくる時代だったんだなー。/傘のレンタル料で1万取られると思い込んですぐ財布に手を伸ばす遼ちゃん……
  • オーキスの救世主:子々孫々の母親、守護天使。この設定のが新興宗教よりよほどあぶなかっしい気がする/ちゅーかまあ社会派小説としての評価は分かるんだけど、実際それが起こったから凄い!というのは自分的にはどうでもよかったり/「間接キスしちゃった……!」ってそれ女の子のセリフだよ遼ちゃん/オーキスムーブメントの「みんなで心を開いて幸せになろうよ!」ってその後の伏線になってたのね/守護神でマインドコントロールが解除できるなら「ザンヤルマ」での精神的ダメージも回復できないのかしら。
  • フェニックスの微笑:わりと軽い話。とはいえまあ言うほどこのシリーズが重いとは思わないんだけどね。随所にギャグ……というかユーモアちっくなシーンも配置してるし/小太りで、神経質で、メガネかけてて。およそこういう話には似つかわしくないタイプだよなあ部長。普通もっとIKEMENにするのでは……。イラストも本文のイメージに忠実だし
  • フェアリースノウの狩人:オタクっぽい少年の造形の退屈さとは裏腹に、本人は自分のことを「できる夫、できる父、できるサラリーマン」だと思っていて、それなりに周囲から評価もされているけど、ちょっとアレなところがある企業人が面白かった。/まーちゃんが一番かっこよく見えたのは、キロ単位の肉から自家製ローストビーフを作ってラグジャリー・カクテルをやるシーン。アーリータイムズとかもこの小説で初めて知った気がする。
  • 放課後の剣士:短編集。日常的なシーン多め。やけに足が太いことを強調されるまーちゃん。遼ちゃんは上半身より下半身のが好きなのか。
  • イリーガルの弧影:遼ちゃんが一番かっこよく見えたのはまーちゃん不在時、果林ちゃんを撃退するシーン。ベッタベタだけど、クラスメイトの冴えないあいつが実は、って展開いいよね……。/「他人に言えない秘密を共有し、時には命の危機に直面することもある。だから、あまりくっつきたくないと思う。万里絵にべったりと甘えて、もたれかかって―――というふうにはなりたくなかった。」つり橋効果全否定。/「お前は裏次郎の尻尾だな」ってw
  • モノクロームの残映:/利益追求のために動く企業TOGOは遼たちにこれまでにない戦いを強いる。最高の緊迫感/体を透過させて壁を通り抜けられるけど空気を吸えないので酸素ボンベを持参しなきゃいけないっていう設定が好き。
  • ファイナルの密使:前半は鷺澤啓奈、後半はFINALメイン。実質完結編の上巻とはいえ、分量ある割にちょっと煮え切らない出来だった。“一流の美少女絵師に描かせた不美人”鷺澤さんがノリノリ過ぎて、ジェネラルが思いきり霞んじゃってるんだよなあ……/しかしまーちゃんは氷澄さん、秋月君、北条部長、ジェネラルと色恋話が絶えないね。遼ちゃんも気が気じゃないだろう。
  • イェマドの後継者:FINALの科学技術は、このシリーズにしては現実を逸脱しすぎてた感がある/遼ちゃんはシリーズで計何回学校を休んだんだろう。留年とか大丈夫なのかな/志津見さんが総理大臣に、と聞いて小泉総理を連想してしまった/人類補完計画はATフィールドを取り去ってみんなで溶け合っちゃったけど、こっちはATフィールドを取り去ってみたらみんな人との触れ合いに耐えられなくて反発が起こった/佐波木くんはラスボスとしては小者だったけど、自分にないものを持っている遼ちゃんを見て剣士として成長して行く辺りは好きだった/最終巻は500P。でも今となってはこのシリーズ自体は、そんな厚いってほどでもないかな。富士見は1Pごとの文字数少ないし。