10年前に美少女物における男性主人公不要論をぶちあげていたライトノベル


「なあ、私立探偵ってそんなに珍しいか?」
ちょっと自信がなくなって、いつもクールで皮肉っぽい助手に小声で尋ねる。
「幽霊や宇宙人のほうが、まだリアルかもね」
密かに孤独を噛み締める。あるいは、“現代の騎士”ってキャッチフレーズが古いのかもしれない。最近じゃ、ファンタジーRPGより恋愛シミュレーションかな。


麻生俊平の「無理は承知で私立探偵」シリーズ3作目「運がよければ事件解決」がそれだ。上記の通り、ライトノベルにおいて美少女ゲーム的想像力が徐々に浸透してきていた時期の作品。作中で大人気のラブコメ漫画について、その筋に無知な主人公と語りたがりのオタクがこんな分析をしてみせる。

そして、マンガ家としてのデビュー。(略)彼女が主に仕事をしていたのが大手誌ではなく、ややマイナーなオタク向け雑誌であったこともプラスに作用したらしい。普通に考えれば、マンガ家としての実績がほとんどないイラストレーターに、かわいい女の子が描けるというだけの理由で、いきなりマンガの連載をさせたりはしないだろう(実際のところ、彼女は同人誌では一度もマンガを描いていない)。
そして、結果的には大成功した。

ブコメは、常に読者のストレスを取り除く方向で進化してきた。
(略)
さて、女の子たちはみんな主人公のことが好き。女の子の数もバリエーションも増えた。邪魔なライバルも消えた。残された、読者にとってのストレス源とは何か?
「主人公です」

恋愛シミュレーションの主人公は、ゲームプレイヤーとほぼイコールだ。限界はあるものの、行動は自由にコントロールできるし、画面に姿を現すことも少ない。逆に画面のなかのヒロインが話しかけ、微笑みかけるのは主人公、つまりはプレイヤーだ。この一体感は、マンガの主人公に対する読者のそれをはるかに上回る(略)ギャルゲーの提供する主人公との一体感(あるいは主人公存在の希薄化)に対抗するためには、究極的には主人公を取り除くしかないわけだが―――。

「でも、キャラクターが魅力的なら、恋をした時の彼女たちなんて、読んだ奴が勝手に妄想を膨らませればいいだけのことじゃないかとも思うがな」
「ダメですよ、手掛かりがなくちゃ。男性キャラとの絡みで見せる彼女たちの反応―――表情、セリフ、アクションを元に、読者はああもあろう、こうもあろうと想像するわけですから。それに恋愛というのは、相手の意外な側面の発見という要素も重要でしょう?」

「そうです。大好きなあの娘を読者から奪っていく男性キャラを出さずに、ラブコメの雰囲気を出すというのは、ごく短いものなどに例がないこともありません。しかし、『フェアリー・パーティ』は長編連載マンガでそれに成功している、とんでもない作品なんですよ」

ヒロインの誰もが、恋に対する憧れを抱き続けている。運命の出会いを、遠い約束の果たされる時を、待ち続けている。具体的な対象の描写を注意深く避けながらも、マンガは少女たちの心の動きを細かく追っている。その思いが向けられるのが自分であったらと読者は想像せずにはいられないだろう。もちろん、頑なに恋愛を拒否しようとするキャラクターなども配置して、読者の多様なニーズに応える配慮は忘れていない。

「アイドルのイメージ・プロモーションビデオに、恋愛シミュレーションの長所を巧妙に移植して、理想的なラブコメの雰囲気を可能な限り再現したら、こんな感じになるかもしれないな。舞台によってコスチュームを変えるあたりも、アイドル・プロモ風だし」

「作者が女性だからでしょうね。ヒロインたちの相互交流もきちんと押えています。基本的には男性オタクの美少女マンガでありながら、意外なほど女性ファンが多いことも、ヒットの要因でしょう」

「いや、露出だって、普段の着衣シーンがきっちりしているから、落差でインパクトを生むんです。お色気シーンほどインフレを起こしやすいものはありません」

「そうです。普通に読めば、単なるギャルゲーまがいのマンガにすぎません。それでも、男を出さずにラブコメの雰囲気をもった作品を描けという、担当なりブレーンなりの無茶な要求にきちんと応え続け、読者を惹き付け続けているんですから、たいしたテクニックです。(略)しかし実際には、香韻のぞみの才能として認められているのは、せいぜい女の子をかわいく描けるデザインセンスと作画力くらいでしょう。設定もありきたりなものばかりですし、ストーリーもどこかで見たような場面の寄せ集めです。実際、マニアや評論家筋の評価は散々なものです。演出力やセンスは確実にあるのに、もったいない使い方をしていると思いますよ」


これ、下手したらオウム事件を予言した同作者の「オーキスの救世主」とか比較にならないくらいの先見の明じゃないかしらん。さすが元編集者(どういったジャンルだったかは不明だけど)?



いやでもまだ見ぬ主人公を想う少女を描くギャルゲー、みたいなのって10年位前に既にあったような気がする。近いのは、話に聞く読参企画としての「シスプリ」辺りかなー。あるいは「あずまんが大王」?ただ、この漫画の大ヒットは作者のセンスによるところが多く、それを模倣した作品は数多いが生き残ったものはほとんどない、ってあたりの未来予想図は外れてたな。



面白いのは、この「無理は承知で私立探偵」シリーズが、「めもロマ」以前に書かれてるっていう点。「日本全国美少女紀行 めもりあるロマンス」はそれまでどちらかというとハードな作風を売りにしてきた作者が挑んだギャルゲー風ラブコメ小説。若い頃の想い人たちの娘(孫だったかな?)が、今現在幸せかどうか確かめてきてほしい―――。祖父にそう頼まれた主人公が、日本各地の女の子たちに会いに行く。まあ「セングラ」ですよね。ドラマガの連載としては珍しく単行本化する前に打ち切られたということもあり、ファンの意見も「無理な路線変更しやがって……」という感じで、あまり芳しくない。今回読んでみたら日本の各都市の特徴とヒロインの個性をベタながらうまく組み合わせてて、心情描写も結構丁寧だし、短編一本につきヒロイン一人という形式じゃなくてもうちょいページを重ねてれば……と思わなくもなかったけど。それこそ、MF文庫Jで「つばさ」じゃなくこっちのリベンジを図っていれば!……いや、でも、キャラに華がないから駄目かなー。


つばさ (MF文庫J)

つばさ (MF文庫J)


にしても、「めもロマ」の主人公の造形は(2001年時点で見ても)一昔前のナンパ系主人公的のそれで、打ち切りから色々勉強して上記のようなラブコメ論が、という順序ならともかく、その逆だとはとても思えなかった。それとも、氏の考えじゃなくて、誰かの教えを仰いだのかな。


ちなみにこの「無理は承知で私立探偵」、上記の漫画論はもちろん作品のテーマにきっちり絡んでいるのですが、別にそれ目的じゃなくとも楽しいハードボイルドコメディなのでおすすめです。