魔術士オーフェンはぐれ旅 我が過去を消せ暗殺者/秋田禎信/富士見ファンタジア文庫

我が過去を消せ暗殺者 (富士見ファンタジア文庫―魔術士オーフェンはぐれ旅)


オーフェンが<牙の塔>時代と正面切って対峙するタフレム編その1。ここでようやくオーフェンのもう一人の姉、ティッシが登場する。外見だけなら長身黒髪ロングの「掛け値なしの美女」。しかしてその実態は、神経質で、自制を是とする魔術士でありながらたまに魔術を無意識に暴発させるほどのヒステリー持ち。5年前妹と弟が<塔>を出奔してからは元々持ち合わせていた精神的な脆さがますますひどいものになったらしく、無駄に広い屋敷で隠居同然の生活を送りながら2人の帰りを待ち続けていた。オーフェンが帰還した時は、学生時代からくっついたり離れたりを繰り返していた男(「彼女とフォルテの仲を疑ったことがあった」ってある意味引っ掛けだよな)とは、愛称で呼ばれることを嫌がるほど険悪な時期であったらしい。寂しさから、酔っ払った勢いでもってオーフェンに迫ろうとする。


5年前の自分の偽者が現れ戸惑うオーフェンにティッシはまくし立てる。オーフェンは名前には意味があり、自分がそう名乗る限りオーフェンだと言うが、それは違う。自分がキリランシェロと呼ぶ限り、現在も彼は自分の弟なのだ。ただし、それは誰もがキリランシェロと言われて思い浮かべるような、理想の暗殺者としてではない。力というものにそれほど価値を見出さないティッシにとっては、オーフェンがこの5年間で失ったものというのは「隠れんぼの達人」という程度のものでしかなく、二つ名というのも「楽屋で芸の見せっこしてるみたい」(これに対する返答は「効果があるのならば、虚勢も必要だ」)に過ぎない。現在のあなたは、チャイルドマンに逆らった理想のキリランシェロなのだと。


……なんかもう、世界設定と作者の女性観とキャラクターが見事に結実したキャラだなあティッシは。魔術士は生まれながらに強大な力を持つため、自立・自制しなければならない。そこでは性差なんてものは一切考慮されず、他人への依存を強める恐れのある結婚制度は魔術士の街であるタフレムには存在しない。しかし、誰よりも声高に性差廃絶主義(作中ではフェミニズムと読む/「看護婦」でもよさそうなところを「看護人」としてる辺りもその影響?関係ないか)を叫び、結婚主義者を退廃的となじっていた彼女が、家族がバラバラになってみると実は一番の寂しがりやであることを露呈してしまった。


そんな変わり果てた姉の姿を見て、オーフェンは5年前の自分を殴りに行く。タフレムを訪れた理由をオーフェンは「マジクを<塔>に登録して助成金を得るため」、なんて言ってたけど、或いはこういう風に過去と対峙することを薄々予感していた、というかそうしなきゃいけないと思っていたのかもしれない。哀れな……俺。

その他

  • 14歳にして17歳金髪美少女のおっぱいを見て「胸パッドは必要ないんじゃない?」というコメントができるマジクは末恐ろしいよね。2巻で覗いてる時もガキのイタズラって感じだったし、そういうとこ決して純情ではないけど思春期の生々しさとは無縁だなあと思う。
  • 「こぢんまりした家でも買って隠居するんだ!猫を飼って、誰も家には近づかせない!」って考えてみたらティッシそのものだな。
  • 「なんだか……人生がうまくいってないみたいなんです」はこのシリーズの内容を端的に表した台詞。
  • 内臓だけを破壊する魔術ってどんなんだろう。振動波の奴かな?
  • 「顔をめがけて何かが飛んできても目を閉じないよう、両手を縛って布を丸めた棒で殴られ続ける」のが牙の塔における基礎訓練らしい。
  • 「嫌みったらしい喋り方」とか結構ひどいなティッシは。
  • 殺人人形はアスラリエルのことを知ってたみたいだけど、その手の知識は元から入力されてたのだろうか。
  • オーフェン」世界では度々武器になるスポークだけど、これって平松伸二「ブラック・エンジェルズ」からなのかな。
  • キリランシェロの破壊振動波って光輪の鎧で防げなかったのかしら。
  • あとがきの「アド作者」ってのが当時何なのかよく分からなかったな。宣伝しまくりってことか。