魔術士オーフェンはぐれ旅 約束の地で/秋田禎信/TOブックス

  • 秋田禎信BOX」収録の「約束の地で」「魔王の娘の師匠」を単行本化。旧シリーズから約20年後。原大陸で魔術学校の校長となったオーフェンの元を、ティッシとフォルテの息子であるマヨールが訪れる。

軽くうなずいて、魔王は必要な業務にもどるべく、秘書を連れて部屋を出た。初等生の間で流行している流感の対策と、野球部のグラウンドに隣接しているもう使われていない堆肥場の処分と、更衣室の鍵を魔術で開錠できない複雑なものに付け替える件と、あとは人類を滅ぼしかねないバケモノの群れについて。
急場しのぎでもなんでも、どうにかしなければ困る、そうした問題が山積みしていた。

  • オーフェンの大きな魅力だった世界設定が一新され、この巻はそのお披露目という色が濃い。メインテーマに「引きこもらず前に進む」ことを据え、その象徴として、また設定オタク的な快楽として世界を拡張し続けた作品らしい続編だ。基本的には旧シリーズの延長線上にあるとはいえ、魔王術神人種族ヴァンパイアといった新設定の数々は、既存のFTのイメージからずらした旧シリーズよりもむしろ既存のFTっぽくなっていた。これは、この巻で「ガンザンワンロン」「ウォーカー」といった単語が登場して、「オーフェン」世界が秋田の他作品である「シャンク」や「エンハウ」と裏設定レベルで繋がっていることがほのめかされたことと、無縁ではないのだろう。ただ個人的な好みで言うと、魔王術というものに汎用性がないというか、あまり妄想が広がる余地がなさそうなのは気になった。神人相手じゃ格闘描写もひねり出せなさそうだし。あざの耕平のファンには、「Dクラ」後日談の設定に似たものを感じた、と言えば納得してくれるだろうか。この後巻を重ねていく中で、こんな杞憂を吹き飛ばしてくれることを期待したい。オーロラサークルとか伏線とも思えないネタを拾ってくれたのは嬉しかったけど、なんでもかんでもヴァンパイアと関連付けるのはご勘弁。これはどっちかというと読者側の問題だけど。
  • キャラクターの心情描写、風景描写、その他雰囲気は変わらないものの、回りくどい言い回しは大分減ってシンプルな文章になっている。ただ同時期に書かれた「ベティ・ザ・キッド」「機械の仮病」なんかを読むと、作風が変わったというより「オーフェン」ではこういう路線を選択したというだけなんだろうな。
  • 旧キャラクターは基本的にみんな物分りのいい「大人」になっていた。特にプルートーは挫折を経験してなんだか柔らかくなったな。新世代と旧世代、原大陸とキエサルヒマ島、スウェーデンボリー魔術学校と《牙の塔》、大人と子ども、過去と現在と未来、いいものとわるいもの。そんな対比を明確にするため、それぞれのポジションが確固たる物になっている感じ。子どもはより子どもらしく、大人はより大人らしく。両者は大体の場合分かり合えない。葬儀での空の棺の話やキリランシェロのことを話す口調に、なんだかさびしくなった。
  • 旧キャラで一番好みの年の取り方をしたのは、小冊子01の感想で書いた通りマジク。昼行灯キャラいいですよね。初見の印象はあまりよくなかったんだけど、なんだか段々ハマってきた。「魔王の娘の師匠」のラストのイラストに黄色い悲鳴をあげちゃいました。マジベイン派大勝利!草河先生、モノクロ挿絵も大分勘が戻ってきた?オーフェンはあれだけ自分には向かないと思っていた教師の親玉になっちゃうのが、彼なりの責任の取り方なんだなあと。政治もできるようになり、たまに昔のような稚気を覗かせるものの、おっさんが意識して茶目っ気を出してるような感じが抜けなかった。それはそれで可愛いんだけど。クリーオウが登場はしたけど名前が出なかったのは嫁論争に対する秋田なりの気遣いかと思ったんだけど、今後どうなることやら。BOX時にはなかった挿絵では、オーフェンが若すぎ、逆にクリーオウは服装などの関係で40にしては老けすぎのように見えた。老けすぎといえば、妖怪なので絶対に年を取らないと思っていたカーロッタが普通に年を取っていたのでショック。でも性格はほとんど変わらず。「女神ちゃん、いつになったら会いに来てくれるやら?」とかいいね。他、サルアやハウザーなどが要職に就いていて、プルートーの「誰も彼もが身内だな」という言葉に納得させられた。
  • 新キャラ関連。マヨールは若い頃ティッシに懸想していた男どもに絶対変な目で見られてるよなー。学生時代くっついたり離れたりを繰り返してたけど子どもができなかった、というくだりで、マヨは本当にフォルテの息子なのか?なんて考えてしまったりも。ベイジットは確かに無能力なアザリーっぽいかも。エッジは今回挿絵で制服がミニスカだということが判明して、足の骨折られた時も生足だったんだな……(ゴクリなんて考えてしまった。このライトノベルのドヤ顔を曇らせたいキャラ2位。1位はマリオ・インディーゴ。ラチェはイラストの満面の笑顔はよかったけど、ますますキャラが分からなくなった。クレイリーはキャラの格と戦闘能力が一致しないという、まあ秋田らしいと言えば秋田らしいキャラかな。
  • あとがきを読んで、秋田は本当に第3部を書く気がないんだなあと。いやBOXあとがきやモツ鍋の解説でおおむね分かってたけどな!
  • オーフェンはキエサルヒマ島で女神に遭遇する確率は天文学的な数字になるようなことを言っていたけど、比べて原大陸の連中は襲撃されすぎではあるな。
  • メイソンフォーリーン、デグラジウス、ローグタウンと原大陸側のネーミングセンスがなんだか大味なのは意識してやってるのかな。イギリス英語とアメリカ英語の違い的な。
  • チャイルドマンのことが忘れ去られていた件は、それだけ時間が経過した/最強には意味なんてないということの象徴であって、あれだけの偉人が実際そんな短期間で忘れ去られるかどうかは重要ではないと思う。
  • 「○○師」がスクール流、「○○先生」が《塔》流の呼び方だというのは言われるまで気づかなかった。多分実際に教職に就いてる魔術士に対する呼称というよりは、目上の人間に対する尊称なんだろうな。
  • プルートーと嫁って何か特別な繋がりあったっけ……?
  • かつての玄室の始祖魔術士同様、キエサルヒマをあんな島ごときと切って捨てた時のオーフェンの心境やいかに。原大陸に来て始祖魔術士たちの心情が理解できてしまったのか、あえて悪役を演じているのか、娘たちに比べればキエサルヒマなんて、ということなのか……。