僕たちの好きな魔術士オーフェン
当時よく耳にした「オーフェン」のあおりに、「ハイブリッド・ファンタジー」というものがある。これは多分世界設定のことを指して言ってるんだろうけど、それ以外にも「オーフェン」は色んな要素を掛け合わせた作品だった。
- 作者: 秋田禎信,草河遊也
- 出版社/メーカー: ティー・オーエンタテインメント
- 発売日: 2011/09/24
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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目つきが悪く暴力的で皮肉っぽく、でもナイーブな主人公
まず、主人公であるオーフェンは金貸しを営んでいる青年だ。目つきが悪く、行動は暴力的、物言いは皮肉げ。はっきり言ってヤクザそのもので、現在は社会からドロップアウト気味の彼だが、かつては魔術士養成学校《牙の塔》で将来を嘱望された凄腕の魔術士であり、その辺りを突かれると意外に脆い、ナイーヴな一面も*1。また女難のケがあり、年上の女にはいいように利用され、年下には振り回されている。エリート街道から脱落したのも姉のように慕っていた女性が原因だ。そのハードボイルド小説の中年探偵のような過去*2とは裏腹に年相応に青くさいところも残っていて、はぐれ旅の第一部は彼が過去と対峙する青春小説という読み方もあった。暗殺者としての過去を持ち殺人を忌避するヒーローとして同時代の「るろうに剣心」や「スプリガン」、少年少女がオーフェンという保護者を見上げるパーティー構成には「銀魂」「DTB」なんかとも相似を見いだす人もいるようだ。自分が20歳という年齢を超えた時、オーフェンがあまりに大人であることに驚く人もいる。初期のキャラクター造形は「ドラゴンランス」のレイストリンをモデルにしているという。作者のモットー(?)を体現し、話のラストには血まみれで佇んでいることが多い。
アクが濃く、我が強いキャラクター/生っぽい女性像
他のキャラクターも男女ともにアクが濃く、我が強い。三つ編み白衣のちびっこロマンチックマッドサイエンティスト(♂)コミクロン。仕事ではとんでもない無能でいつもオーフェンから馬鹿にされているが、年齢的精神的にはお姉さんの無能警官コギー。お兄ちゃんへのコンプレックスからおっさんぶりたいお年頃の悪ガキ(23)サルアなど。だが特に秋田らしいと言えるのはオーフェンの二人の姉の片割れ、ティッシだろう。スレてて、生活に疲れてて、鬱屈してて、めんどくさい。ストレス解消手段はゴミ箱を凹ませること。二次元キャラにあまり幻想を持ち込まないほうらしく、秋田作品にはこういう生っぽい女性が頻出する。それでもやっぱり女はいいものだと思ってる*3のか、ギリギリのところで可愛さを残す、というかそういっためんどくささも含めて愛らしく描く。これはちょっと天性の才能だと思う。酔っ払って弟に掴みかかってきたと思ったらそのままキスに移行するとか、最高ですよね。
妄想を刺激する世界設定
本編である「はぐれ旅」の最大の魅力は世界設定にある。魔法と魔術の区別、声を発しさえすれば内容はなんでもいい呪文、六種類のドラゴン種族……。当時のFTの既成観念から少しずつずらし、きわめて論理的に構築され、幻想的なものを取っ払った設定は、奈須きのこにも影響を与えたとか与えなかったとか。シリーズを通して世界を拡張し続け、そこに暮らす人々の生活や文化、思想に至るまでどのような影響を与えたかを描き、最終的に主人公が世界の秘密と一個人として対峙するという形で作品全体のテーマとも直結している点も評価が高い。こういうのスペキュレイティヴ・フィクションっていうんだろうか。また文明が現実の近現代レベルにまで達していて、人々の思考もそれに準じている。90年代の作品なので、もちろんお約束の箱庭世界とそこからの脱却という側面も。
ハッタリ満載のアクションシーン
魔術という必殺技があるにも関わらず、アクションシーンでは肉弾戦のウェイトが非常に高い。「こかして踏みつける」こそ最強という身も蓋もなさと、「寸打」のようなあやしげな人体構造論に則った体術の両輪がそれを支えている。「オーフェン」「エンジェル・ハウリング」の格闘描写において、秋田はできることとできないことをはっきりと区別し、いかに説得力のある嘘をつくかに腐心していた。ちょっと我に返ってみるとありえないハッタリをそれらしく見せてしまう文章というのは、「刃牙」の板垣恵介が持つような漫画力と同様のものかもしれない。それが持ち味だと分かっていても男の子として時々寂しく思うのは、「最強に意味なんてない」というテーマが通底している世界観なので、強さ議論には向かないという点。初期時点でステータスがほぼカンストしている主人公も、敵がそれ以上の相手ばかりなので、よくて辛勝、悪いと普通に負けたりする。
翻訳小説に影響を受けた文体
翻訳小説に影響を受けた適度な堅さ且つポエジーでやや哲学的な文体には独特の味があり、当時はこれを模倣しようとする若い読者が後を絶たなかった。だがほとんどの人たちは劣化秋田禎信にしかならず、挫折していったようだ。プロデビューした作家の中では「サクラダリセット」の河野裕などがその影響を公言している。
ガンダムのような思想と思想のぶつかり合い
一貫しているテーマは「“最強”の称号に意味なんてない」「世界は一人の英雄によって救われるものではない」というもの。特に第2部は後者を巡る思想のぶつかり合いの色が濃く、戦いながらそれぞれのキャラがそれぞれの正義を叫びあう様はさながら富野作品のよう(魔術士の「士」は機動戦士の「士」からとったのだという)。この辺りは、2000年代最大のヒット作である「禁書」と比較してみるのも面白いかもしれない。
日常系残念ラブコメドタバタギャグ
ドラゴンマガジンに連載された「無謀編」は「はぐれ旅」で細密に設定された世界を壊しつくす、コメディをメインとした短編だ。魔術がバカスカ炸裂するドタバタギャグであると同時に、言葉による掛け合いは現代の若い読者にとっての「化物語」みたいなものだったのかもしれない。「シリアスな長編書き下ろし、コメディタッチの短編連載」の先行作である「スレイヤーズ」との違いは、あちらは主人公であるリナが終始旅を続けているのに対し、オーフェンは短編ではトトカンタに留まり続けていることだろう。結果、比較するとあちらは単発ゲストキャラの奇抜さが、こちらはご町内のいつもの連中によるいつもの掛け合いが前面に出ている。また終わらない日常、モラトリアムというものを強く意識している辺りは近年の日常ものに通じるものがあった。ギャグ短編が最終的にシリアス長編に接続される、というのは後発の「フルメタ」と同じ流れか。
学園FT
「プレ編」は、「無謀編」単行本に1話ずつ書き下ろされた、オーフェンの学生時代を描いたものだ。ちょっといい話からアクション、ラブコメ(?)、ドタバタギャグ、設定語り、ヒステリックなヒロインの生々しくも可愛い内面を描いた話までバラエティ豊富で、シリーズ全体に占める分量の割にこれが一番好きという読者も多い。魔法学校繋がりで、ノマカプもそうでないものも含め「ハリー・ポッター」のような作品が好きな一部のお姉さま方にも受けていた気がする。
終わりに
以上、こじつけっぽいところもあるが、よく挙げられる「オーフェン」の魅力について他作品を絡めて語ってみた。このシリーズは1994年に開始し、2003年に完結。最近新シリーズがまた始まり、旧作の新装版も発売されている。「スレイヤーズ」や「ブギーポップ」のように歴史の転換点として挙げられることはあまりないし、このシリーズが祖であるかというとまた違う気がするが、これらの要素は今もライトノベルの重要な要素としてどこかに息づいている。それを知るために、この古臭い表紙イラストの本を手に取ってみることも一興ではないだろうか。
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- 作者: 秋田禎信,草河遊也
- 出版社/メーカー: ティー・オーエンタテインメント
- 発売日: 2012/06/25
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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