月に呼ばれて海より如来る+混沌の城/夢枕獏


「月に呼ばれて海より如来る 第一部」は1987年に刊行された。夢枕獏読者にはお馴染み、螺旋の話。登山家の主人公がヒマラヤの山中、生死の境の中で巨大なオウムガイを見つける。九死に一生を得て帰ってきてからもその記憶を忘れられず、水族館にオウムガイを見に通う内、彼は自分に数秒先の未来が見えていることに気づいていた……。そんなあらすじの幻想的な小説だ。ほぼ同時期の「螺旋」をテーマにした「上弦の月を喰べる獅子」(SF大賞・星雲賞受賞作)ほどテーマ性追求ではなく、アクション要素もほとんどないけれど螺旋の謎を追っていくミステリ仕立ての作りでぐいぐい引っ張られていく構成、そして獏先生特有の情念に満ちたキャラクターとかなり面白かった。


ただ問題は、未完であるというその一点。新書版のあとがきによると、そもそもこの作品は現代編、江戸編、未来編の三部作の予定であったらしい。ところが第二部を連載するつもりだった雑誌が休刊してしまったこと(第二部の冒頭については廣済堂ブルーバックス版「月に呼ばれて〜」に収録されている)、第三部未来編でやる予定だったことを1991年の「混沌の城」でほとんどやりきってしまったというのが、今日に至るまで続編が書かれていない理由なのだとか。


混沌(カオス)の城〈上〉 (光文社文庫)

混沌(カオス)の城〈上〉 (光文社文庫)


そんなこと言われても……と思いつつ、じゃあ、ということで「混沌の城」に手を出してみたのだけれど、これがなんとも評価の困る代物で。確かに「螺旋」について描かれているということは継続してるんだけど、どちらかというと伝奇アクション的な面に重きを置いてるように感じられ、第一部の雰囲気が好きだった自分にとっては少々残念だった。


それだけならまあ合わなかったで済むんだけど、作者自ら正当な続編じゃないけど続編のようなものとされているという中途半端な扱いが、据わりどころを悪くしてる感じ。どうしても、ありえたかもしれない「月に呼ばれて海より如来る 第三部」と比べちゃうのよね。いっそもうタイトルが「月に呼ばれて海より如来る 第三部 混沌の城」とでもなってれば諦めもつくんだけど。しかもさらに「混沌の城」の続編「混沌の帝国」も予定されてるとか言い出すし……(これももう随分長いこと音沙汰無し)。新人が未発表作からアイディアちょいちょい抜いて別の作品として発表(「スレイヤーズ」も「オーフェン」も元々主人公は別の話のキャラだった)とか、打ち切られた作品に未練があってそっちの設定を新作に持ってくるとかなら分かるんだけど、この場合そういう話でもないしなあ……。基本的に作家は我侭を言う権利があるし、読者はそれを否定する権利もある、とは思っているのだけど、にしても大概タチの悪い作家を好きになっちゃったなあ、という気がする。そういう作家だって評判聞いて分かってたのにね。


なお第一部については現代の主人公の元に平賀源内が訪れるというところで終わっていて、第二部江戸編は彼が主人公になる予定だったのだが、こちらは現在連載中?の「大江戸恐竜伝」でアイディアの幾つかが使われているらしい。……まあ、単行本になったら読むんだろうなー。