不実な美女か貞淑な醜女か/米原万里/新潮文庫
日露の通訳として活躍する著者が、その経験談を面白おかしく語る。それを通して日本語や、ひいては世界中の言語によるコミュニケーションについて考えていく。タイトルは、原語に忠実な、しかしごつごつした訳か、原語に不忠実な整った訳のどちらがいいかという意味で、フェミニズムがどうしたこうしたという内容ではありません。
「お前の日本語はなってないからこれでも読んで参考にしろ」と紹介されたのがこの本。その人曰く、現代日本で1、2を争うほど文章を書くのがうまい人であるとか。紹介されたのが論文の書き方について話していた時だったので、小説などはまた別だとは思いますが。
読み物としては面白かったです。基本的には、通訳とはああだこうだといった作者の主張と、それを補強する通訳現場で得た実例の積み重ねなのだけど、その実例が多彩で面白い。差別語の言い換えや、母国語も身につかない内に英語教育を急ぐことへの警告、日本の首相がアメリカに行った際、英語で演説したがることへの皮肉とか、いちいち頷かされることも多い。特に「駄洒落は転換可能か」という題。言葉遊びは、字句通りに訳してもその面白さは伝わらない。ではどうするかというと、こういった言葉遊びは万国共通のものなのだから、それに類似した言い回しを探す、もしくはそれがない場合、その言葉遊びの面白さがどこにあるのか分析して、自分で作り出してしまうのだそうで。全部が全部そううまくはいかないだろうけれど、なるほどそういうやり方もあるんだなーと感心しました。
でも、この人の文章がそこまでべた褒めされるほどうまいかというと……?言語学者でもない自分が少々意識したところで違いが分かってしまうようでは真にうまい文章とはいえない、ということなのかな。
ところで、通訳って、漫画もしくは小説をアニメにする作業に通じるところがあるのかもしれませんね。別の言葉に翻訳して初めてその独自性が分かるところとか。原作に忠実なつまらないアニメか、原作に不忠実な、でも面白いアニメか。