ライトノベル研究序説/一柳廣孝・久米依子/青弓社

ライトノベル研究序説


ライトノベルに関して様々な視点から語る評論集。目次はこちら。こういう形態の本としては当然かもしれないけど、これまでのラノベ関連本と比べ東浩紀や大塚センセを始めとする先行した文献を多く引用。それだけラノベに関する言説も積み重なってきたということは喜ばしいものの、それらに違和感を覚えていたり理解していなかったりする場合、やや納得しがたい部分はあったかもしれない。

第1部 文化

  • メディアミックス
    • 角川映画に端を発するその手法が「同じストーリーの他メディアへの移植」から「同じキャラクターによる並行作品世界」を生み出すまでに至った過程が、きちんと整理されていた。
      • でも人気のある原作ほどキャラクターと物語が不可分で、キャラクターだけを移植して別のシチュエーションをあてがったところでユーザーの支持を得るのは並大抵のことじゃ叶わないと思う。商業的なことは別として。
    • クロスジャンル雑誌であったコンプティーク⇒ザ・スニやコンプRPGの創刊によるメディアの専門・細分化⇒読者を集中させる仕掛けとしてのメディアミックス、という流れはなるほど、と思った。ここら辺は角川お家騒動とかも関係してくるんだろうけど。
    • あかほりさとるに関しては、プロデューサーという立場から同じキャラクターを軸にメディアごとに物語を製作した。それらはあかほり自身の「外道」という強烈なキャラクター性により成立したという評価で、後者は特に興味深かったんだけど、贅沢を言うなら同時期のメディアミックスの例として『パトレイバー』『天地無用!』などのタイトルも記述しといてほしかった。
    • 近年最大のヒット作である『ハルヒ』の作品内でのハルヒの特殊能力は、様々な仕掛けを施すことで現実の出来事を作品内の出来事にすり合せていくとか、そういうことの方に活かされてると思う。
  • オタクのライトノベル受容
    • 若い人の生の声が欲しかった。つまり、昔に比べて若いオタクの間でアニメや漫画と並べた場合のライトノベルの地位は向上しているのか、という。
  • 漫画との関係
    • ライトノベルをコミック棚に陳列することが多くなったのってここ最近のことなのかしら。
    • 本文とイラストの差異の例として「スレイヤーズ8巻本文にはゼル様とあの正義バカが腕を組んでる描写なんてないのよ!きいいいっ!(誇張アリ」とか言い出す辺りは出来ておる喃。
    • 比喩に漫画やアニメの台詞などを引用するに当たってその場面がコメディであるかシリアスであるかは問わない。……そうか?一部を除いてはやっぱりコメディじゃない?もしくは、語り手がそんな時でもおちゃらけたキャラを装ってるとか。
  • レーベル
    • 1年間の刊行点数/作家数の割合は興味深い。電撃は97年以前は複数本を刊行する作者はごくわずかで、大多数は年に一本しか刊行しなかった。スニーカーは刊行点数を抑えることによって各シリーズの露出度を高めている。……前者はいいとして、後者は書店の棚を奪われることにもなるんじゃないかな。スニーカーが少数精鋭、というのはまあなんとなく雰囲気として伝わってくるけれど。
    • レーベルごとの他レーベルとの作家重複率から「囲い込み」戦略を実証する、というのも発想としては面白い……んだけど、これって調査対象を角川系列4レーベルに限ってたら意味ないんじゃないかなあ。また、スニーカーの重複率が高いのは外部から作家を招聘することが多いからでは。そもそもラノベレーベルの囲い込み、ってそのレーベルでデビューした新人を他のレーベルで書かせないという意味かと思ってた。
  • イラスト
    • 1990年以降はPCやインターネットの普及により、CGイラストが中心となった。……10年ズレてない?個人的な印象で申し訳ないんだけど、自分がラノベイラストでCGを意識したのは『月花』の椎名優。これが1999年。そこからCGイラストが大多数を占めるようになるまでにもうちょっとかかった記憶があるんだけど。

第2部 歴史

  • TRPG
    • リプレイって日本独自のものだったんだへーというレベルの自分が読む分には、ラノベとの蜜月、業界の縮小といったことがうまくまとめられていた気がする。
  • 児童文学
    • 那須正幹を児童文学的な面とライトノベル的な面双方から論じてるのはもうそれだけで自分的に高得点。『屋根裏の遠い旅』は氏の作品の中では『ズッコケ』シリーズに比べてお堅い評価を受けているみたいだけど、時が経過して1999年に偕成社文庫から出た新装版(asin:4036522906)の表紙はアニメ調であり(挿絵担当の渡辺ひろしってあのアニメーターの?)、そのエンタメ、ラノベ的な面が浮き彫りになった、らしい。
      • 那須正幹は常に自分の中の子ども像ではなく今そこにいる子ども相手に執筆しようとしている作家であり、『ズッコケ文化祭事件』『ズッコケ三人組の卒業式』で垣間見える「児童文学作家は誰に向けて作品を書いているのか」「年を取った作家が若い読者についていけなくなった時どうすればいいいか」という問題意識は、「同時代性」が重要なライトノベル方面にとってこそ切実だと思う。ライトノベル作家としての老後問題。
      • 思想的なアレコレを扱いつつエンタメやって子どもに受けた作家というと、宗田理とかもどうなんかね。世代的にはちょっとズレてるけど。

第3部 視点

  • ジェンダー
    • ライトノベルの初期作品(ここでは少女小説を含まないらしい/『ロードス』『スレイヤーズ』が例として挙げられていることから、時期的には80年代末-90年代初頭?)には恋愛要素がほとんど見られない、らしい。……ほとんど、は言い過ぎじゃないかなあ。メインでなかったのは事実だけど。伝奇エロ:結構あった/少年漫画的エロコメもしくはサービスシーン:結構あった/恋愛:それなりにあった/ラブコメ:あんまりなかった、というのが大雑把な感覚。異論は認める。
    • ハルヒ』然り『シャナ』然り、今のライトノベルは弱い男が強い少女に守られてるように見えて主導権は旧来通り男にある、というのはその通り。男が完全に戦場から隔離されるのはセカイ系だけ。
    • キノさんは言動からもイラストからも少女性を全く感じない、ってのは無理があると思う。これはまあ冗談半分にしても。/ところで『学園キノ』3巻(asin:9784048678407)の木乃さんの足は国宝級だと思う。
  • 読者
    • 図書館とライトノベル、を論じる際には新刊書店では手に入りにくい絶版・重版未定の本が所蔵されている、という点も重要だと思う。若い読者と古い作品が出会うことのできる数少ない場所。
    • ジャンルや文体など、様々な問題意識や批評を読者に喚起するライトノベルを、中高生の国語の教材として用いる手段は有効、という結論。これは実感としてよく分かる。批評の類を嫌う人が多い大衆的な文化であると同時にすごい語りたがリが語りやすいんだよな。ちゃんとした議論をするには自分含めてもっと広汎な教養を持ってないと駄目だとは思うけど。
  • あとがき
    • あとがきはシリーズ物が多いライトノベルにおいて持続的な興味を与え、作品単位から作家単位へと読者の興味を引き上げる手法。『スレイヤーズ』あとがきの人気投票とかな。
  • 文学への越境
    • 「文学」という言葉に期待されているものがいわゆる「純文学」なら桜庭の「越境」は「大衆文学」への移動に過ぎない。……ライトノベル読者の側でそこら辺に拘る人ってそんなにいるのかなあ。自分なんかはとにかく「ライトノベルの外」に出ることが重要だと思ってるんで、ジャンル小説だろうがエンタメだろうが純文学だろうが越境は越境だと認識してるのだけど。
    • ここに書いてあったわけじゃないけど、ライトノベルが作家にとって一般文芸へのステップアップのための修行の場になっている、って褒め言葉でもなんでもないよね。

第4部 読む

年表

  • 海外FTとかが欠けてるので、『ドラクエ』のヒットで「ライトファンタジーブーム」が起こり、それを受けて『ロードス島戦記』などの小説が生まれる、という経緯になんだか違和感が。よいこはこちらで勉強しましょう。
    • 例えば、『ゼロの使い魔』は00年代の『ハリポタ』『指輪物語』等によるファンタジー映画ブームと、80年代末から続く和製ライトファンタジーブームと、作者が下敷きにしたという古典『ダルタニャン物語』が合わさって……とかそういう読みがしたいんだよ俺は!
  • スレイヤーズ:ファンタジーを当たり前の世界として利用したコメディ作品……そっちの側面の方を重視する人が多いのは分かるけど、むしろシリアスとコメディの両輪だったってのが重要なんじゃないでしょうか。コメディというだけなら同時期の『極道くん』でも『フォーチュン』でもいいわけで。
  • ライトノベル言及ブーム:ノーマルカルチャーになじめなかった人たちのコミュニケーションの話題としてライトノベルが支持され始める」腹抱えて笑った。エロゲー批評がやり尽くされたから、まだ開拓されてない分野を求めて若いオタクがラノベに行き着いた、なんて意見もwebのどこかで見たな。まあラノベを読むこと自体はともかく、それに関する文章を書くことに(アニメや漫画と比べ)自分が拘るのには、まさにラノベがマイナー趣味だから、という側面はあるけどね確かに。


ところで、『オーフェン』シリーズはここでも例によって『魔術"師"』表記であった。他にも『ライトノベル文学論』『ライトノベル「超」入門』『ライトノベルめった斬り』『ライトノベル完全読本』等で同じ誤植が確認されており、なんというかさながら魔術"士"狩り。こんな悪魔的な思想が専門書にまで溶け込んでいるなんて、背筋も凍るです!作戦として、とりあえず、焼き討ちを提案しますぅ。