斜陽/太宰治/新潮文庫

斜陽 (新潮文庫)

恋、と書いたら、あと、書けなくなった。

「よくわからないけど、どうせ直治さんの師匠さんですもの。札つきの不良らしいわ」
「札つき?」
と、お母さんは、楽しそうな顔つきをなさって呟き、
「面白い言葉ね。札つきなら、かえって安全でいいじゃないの。鈴を首にさげている子猫みたいで可愛らしいくらい。札のついていない不良が、こわいんです」
「そうかしら」
うれしくて、うれしくて、すうっとからだが煙になって空に吸われて行くような気持ちでした。おわかりになります?なぜ、私が、うれしかったか、おわかりにならなかったら、……殴るわよ。

いや、或いは、私には経済学というものがまったく理解できないのかも知れない。とにかく、私には、すこしも面白くないのかもしれない。人間というものは、ケチなもので、そうして、永遠にケチなものだという前提がないと成り立たない学問で、ケチでない人にとっては、分配の問題でも何でも、まるで興味のないことだ。

「ありがとうございました」
と、ばか丁寧なお辞儀をして、外へ出て、こがらしに吹かれ、戦闘、開始、恋する、すき、こがれる、本当に恋する、本当にすき、本当にこがれる、恋しいのだから仕様がない、すきなのだから仕様が無い、こがれているのだから仕様が無い、あの奥さまはたしかに珍らしくいお方、あのお嬢さんもお綺麗だ、けれども私は、神の審判の台に立たされたって、少しも自分もやましいとは思わぬ、人間は、恋と革命のために生まれて来たのだ、神も罰し給う筈が無い、私はみじんも悪くない、本当にすきなのだから大威張り、あのひとに一目お遭いするまで、二晩でも三晩でも野宿しても、必ず。


滅びの美学。戦後日本の、桜庭一樹青年のための読書クラブ』にも似たような(と思った)退廃的な雰囲気がたまらない。駄目な弟を持つお姉ちゃん萌え。太宰の三つの代表作の中では一番好きだ。