これよりさき怪物領域/マーガレット・ミラー 山本俊子:訳/ハヤカワポケットミステリ

これよりさき怪物領域 (ハヤカワ・ミステリ 1259)

いつの年か、あたしの妹が、あの子の誕生日に贈ってくれたものなのよ。古い、中世の地図で、一つずつ額に入っているの。その当時人が考えていたように、世界は平たくて海にかこまれている、そういう地図なの。一つの地図には、端に、ここから先は不明、太陽熱のために人間の居住不可能、と書いてありました。もう一つの地図には、ただ、"これより先怪物領域"とだけ書いてあってね。ロバートはその文句が気に入っていました。紙に、"これより先怪物領域"って書いて、自分の部屋のドアに貼りつけていたのよ。
(中略)
ほかの人間はみんな、心に怪物を持っているんです。ただ別の名前で呼んだり、怪物なんかいないと信じてるふりをしたり……。ロバートの地図の世界はきれいで、平たくて、単純でした。人の住む場所と、怪物の住む場所をきちんと区別していました。その世界がほんとうはまるくて、場所はみんなつながっており、怪物とあたしたちをへだてる何ものもない、と知ることはたいへんなショックなのよ。あたしたちは空間之中を一緒にぐるぐるとまわっていて、そこから下に落ちることすらできないんですものね。ほんとうに、知るということはおそろしいことね


田舎で農場を経営する若きロバート・オズボーンが謎の失踪を遂げてから3ヶ月。その妻デヴォンを始め、誰もが彼は死んだものと思い始めていた。デヴォンは裁判でロバートの死を法的に認定させようとするが、ただ一人ロバートの母だけはこれを頑なに拒んでいた……。


秋田禎信が愛読するところのロス・マクドナルドの奥さんの著作にして、多分『エンジェル・ハウリング』の怪物領域云々の元ネタ。

かつて、地図には空白があり
空白には怪物が潜んでいた
人々は恐れ、すべての空白を知識で埋め尽くした
空白がなくなり
誰もが疑問を失う
知識に満たされ もはや誰も問わないが
空白はどこへいったのだろう?
怪物はどこへいったのだろう?
御遣いの言葉が
いつかそれを明かすこともあるのかもしれない


こっちが『エンジェル・ハウリング(1)』の冒頭文。面白いのは、この怪物領域云々、ネタバレしちゃうと特に事件に直接関わってくるわけではない観念的な事象なんだけど、『エンハウ』の方でもそれは変わらないってことよなー。ファンタジーならもうちょっと具体的なものになってもよさそう(実際にモンスターが棲まう瘴気の濃い領域とかそんな感じの。)なもんだけど、『エンハウ』自体が観念的だからなー。


秋田と関係なしに評価するなら、全編これ推理小説!って感じで、基本的に推理小説読みではない自分には辛かったといえば辛かったかな。