あとがき大全 あるいは物語による旅の記録/夢枕獏/文春文庫

あるいは物語による旅の記録 あとがき大全 (文春文庫)


今になって夢枕獏をほろほろと読んでいる。現時点ではシリーズ物は『キマイラ』『魔獣狩り』『陰陽師』などがメイン。どれも結構面白い。エロスとヴァイオレンスを得意とし、強い男たちが活躍する、という印象が強かったが、その一方で優しい男、弱い男、女々しい男、情けない男、道を誤った男、童貞男……そういった人たちもまた等しく描かれていて、共感を覚える。彼らに対する作者の視線はとても優しく、叙情性に溢れている。或いはそれは、処女単行本がコバルトから出ている、ということと無縁ではないのだろうか。そんな夢枕獏の人柄が覗けるのがこの本。


デビューから10数年、80冊以上の本に書かれたあとがきのみを集めたもの。夢枕獏はいかにしてデビューし、エロスとヴァイオレンスの作家となった後、その呪縛から解き放たれるようになったか。この単行本の初出時点では、『陰陽師』ブームも『神々の山嶺柴田錬三郎賞受賞も少し後のことだけど、終盤の『上弦の月を喰べる獅子』の星雲賞受賞で風向きが変わってきたのかな、という気はする。頻出する話題は旅行のこと、釣りのこと、プロレスのこと。月一冊以上のペースで書いている時期もあって流石にネタに困るのか、同じようなことが何度も書かれていることもあるけど、そこはまあご愛嬌。個人的に一番面白かったのは、『キマイラ』4巻のこの文章だな。

半村良師匠が、何かでおっしゃっていたことだが、伝奇小説というのは、広がってゆく時が、読者にとっても作者にとっても一番おもしろく、楽しいのではないか。
いろいろな、怪しげな人間やらなにやらが出てきて、様々にからみあいながら、謎が謎を生んでゆく。次にどうなるか見当がつかない―――そこにこそそのての物語の醍醐味があるのだと思う。
あんなにおもしろかった話が、閉じ始めた途端に、急につまらなくなったりもする。結末を読んでいない(作者が途中までしか書いてない場合にしろ、たまたま完結篇を読んでない場合にしろ)物語ほど、ずっと後になっても、あの続きはどうなったろうか、とふと思い出しては、その結末を想像して今でも楽しんだりしているものだ。
遥かな昔、あるいは少年の頃、痛いほどに胸ときめかせ、続きを心待ちにした物語りがぼくにもある。その至福感は、何ものにもかえがたい。
遠く、鮮やかで朧な原色の夢は、今なおぼくの中にのこっている。
少年の頃、そのようにして読みふけった物語の結末を、今読んでしまうことの不幸もまた、間違いなくあるようである。また、そのような胸ときめかせた物語を、大人になってから再び読み返した時のあの不思議な失望と哀しさを体験したのは、ぼくだけではあるまい。
むろん、何度読んでもおもしろく、読む度に、新しい発見をする物語もまた、間違いなく存在する。
話をもどす。
つまり、永久に終わらないこと、語り続けてゆくことこそが、物語の真の在り方ではないかと、ふとぼくは思ってしまうのだ。


何が面白いって、これが書かれたのが20年以上前、作家人生からするとまだ序盤の頃ってことだよなー。
……多分に恣意的な引用なんで、気になる人は原文に当たるといいと思います。
それでも。この物語は、絶対に面白い。