でかい月だな/水森サトリ/集英社

でかい月だな


友人とバイクで遠出した主人公・ユキは、満月を見上げていると、突如その友人に崖から突き落とされる。手術の結果、九死に一生を得るが、好きなバスケも思い切りできない体になってしまう。そんな彼の前に現れたのは、錬金術師を名乗る少年と、邪眼を持つと自負する少女だった。第19回小説すばる新人賞受賞作。


ラノベサイト界隈で、眼帯つけた不思議少女・かごめが話題になってたのに釣られました。いやあ、なんか新しいタイプでいいですね。学校では無口で神秘的で近寄り難い雰囲気なんだけど、親しい人の前では猿のようにうるさい。主人公が、彼女の普段の姿を初めて見ることになった時の豹変振りが素敵。

「そうでなくてもあんたみたいな勘違い野郎は大嫌い。頭のてっぺんに幸せの花が咲いているくせに。そんなやつがたまたま一度の不運に見舞われたくらいで不幸になれると思ったら大間違いよ」

「何それ。宇宙より果てしなくずうずうしいやつ。そうやって無遠慮にズケズケと抜け抜けと他人の心に土足で上がり込んで生きていくがいい。お幸せなプリンセス・セーラ!」


ナイス罵詈雑言。でもこれ、かごめの描写はおざなりで、むしろ作者が書きたかったのは自称錬金術師の中川君と主人公のイチャイチャだって気がするのは、自分が男で作者が(恐らく)女性だからなのかなあ。主人公が親と喧嘩して家を飛び出して、雨に降られて逃げ込んだ先が中川君の家で。シャワーを浴びさせられて、着替えさせられて、メシ食わされて、ほだされて。以来入り浸りになっちゃって……とか、エロゲー顔負け。

「なあ、中川。おまえってオレのこと犬コロくらいに思ってない?」
「ああ、バレた?」中川は悪びれもせずにそれを認めた。
「君、昔知り合いだった犬に印象が似てるんだよ」
「ひょっとして、それでオレを同好会に誘ったとか?」
「そう。あれはいい子だったから、君もきっとぼくをうるさがらせない、いい会員になってくれると踏んだんだ」
「ふーん、それってどんな風に知り合った犬?」
何の気なしにたずねると、中川は少し躊躇し、それからさらりとひと言で片づけた。
「迷い犬だよ」

「まずは玄関から風呂場に直行だな。体を洗って、乾いた服を着てからでなきゃ部屋に上げてはやれないよ」
「……それはもう、そうするけどさ」拍子抜けした思いでぼくは言う。
「それから風邪を引かないよう、湯船が嫌いでもちゃんと肩までお湯につかって、百カウントしてから出てくるように」
中川は命令し、何が可笑しいのか猫背の肩をふるわせて小さく笑った。
「君ってまったく犬みたいだな」
「うるせえな。湯船が嫌いだなんて言ってない。言ったのはお前だろ」
「そう?風呂上りには足の裏もちゃんとふきな。床に足跡付けて歩くんじゃないよ」

「おまえ、何も聞かないんだな。どうしたんだとか、帰らなくていいのかとか」
「もう聞いたよ」
「え?」
「雨が降ったんだろ。傘がなかったんだ」
「…………」
「好きなだけのんびりしていけばいい」
それだけ言うと、中川はまたゆったりとコーヒーカップを口元に運ぶ。
「……そんなこと言ったらオレ、このままここに住み着くよ」
「いいよ、だからうちの子になればって提案してるだろ」
「中川。オレは真面目に話してんだ。少しは本音で話せよ」
「ぼくはいつだって本音だよ。君には嘘がつけないんだ。不本意なことにね」
「じゃあもっと分かるように話せ」
「……うるさいなあ」
チョコレートを一粒つまみあげながら中川は困り顔をする。
「理由はどうあれ君は夜にひとりでびしょ濡れで、だったらぼくは君の夜に付き合うのみさ。他に何ができるっていうんだ。ぼくには太陽なんて作れやしないんだ」
そしてうるさそうにチョコレートをぱくりと食った。
この時ぼくは、心に稲妻が落ちたみたいにこの男にしびれてしまった。バカみたいな話だが、こいつのためなら死んでもいいやと本気で思った。―――ようやくペテン師の正体が、「わかった」んだ。
太陽は昇らない。だけど錬金術師はぼくの心に夜を照らす灯りを点した。

「なんか、オレって何やってんだろ。ここにはもう二度と甘えには来ないって決めたばかりだったのに、結局これだもんな」
「さびしいことを言うね」
中川は相変わらず何も事情を聞いてこない。代わりに恨み言みたいな口調でぼやいた。
「君は餌ばかり美味そうに食うくせに、ちっとも心を許さない。そしてある日ふいっといなくなるんだ。小屋は空っぽで、ぼくは途方に暮れる」


そりゃあ、かごめもこのホモ野郎!と罵りたくなるわなあ。というかですね、主人公モテモテ過ぎ。『ゆびさきミルクティー』もそうだったけど、ユキって名前の人はアレか、男女問わない天性のジゴロだって決まりでもあるのか。錬金術師・中川君を始めとして、主人公を崖から突き落とした綾瀬君も、顔が女の子みたいで主人公との仲を疑われてるし、バスケ部の時の相棒のヒカル君も主人公が心配で心配でたまらないし、クラスメイトの橘さんもそんな素振りを見せてるし、かごめもなんだかんだ言って満更じゃなさそうだし、なんかもう、大ハーレム状態。


……それとも、これが「やさしさブーム」とやらの正体なのかしらん。だとしたら、ちょっとしたホラーではあるけれど。

他の人の感想

もっとも、そうしたキャラクター性で押すエンターテインメントというよりは、シチュエーションから浮かび上がってくるテーマに何かを考えさせられる青春ストーリー。重なっていた道が突然に分かれてしまう理不尽を、周りの反応も含めてどう受け入れどう噛みしめどう昇華させていくのか。そんなメッセージによって、モヤモヤとした悩みに足踏みしがちなティーンの心を刺激する。

http://blog.livedoor.jp/kha02604/archives/50925613.html

これがすばる新人賞をとったのかと思うと面白くて面白くて。良い世の中にいなってきたものよのぉ。

http://book.g.hatena.ne.jp/makimaki0825/20070328/1175093219


自分の感想だけだと偏り過ぎなので。