ベティ・ザ・キッド(上)/秋田禎信/角川スニーカー文庫

ベティ・ザ・キッド(上) (角川スニーカー文庫)


秋田禎信ラノベレーベルでの4年ぶりの新作として選んだ題材は西部劇!父殺しの冤罪をかけられ、男装して真犯人(?)ロングストライドを追うガンマンの少女ベティ。彼女に協力する謎の男ウィリアム。先住民であるシヤマニの血が半分だけ入っていて、見えないものを見る力を持つ活発な少女フラニー。先史文明の遺産がそこかしこに眠り走行亀や砂ペンギンが走る砂の海を、「神の船」メルカバで渡る3人の旅の行方は。


まず、とにかくかっこいい小説。人生について、愛について、善悪について、暴力について。秋田作品では格言めいた言葉を発するキャラというか場面が頻出するのだけど、そういった少々キザな作風が、秋田曰く「欲望とか生死がガガンと喉元に食い込んでくる状況下で、バックボーンとして正義と信仰が問われる」西部劇という題材にかっちりハマっている。基本的にシリアスではあるけれど、「オーフェン」東部編などの陰鬱さに比べ、こちらは舞台の砂漠同様全体的に空気が乾いていて、尾を引かない。時々挿入されるユーモアやコメディタッチな場面も息をつかせてくれる。


そんな作品世界とはちょっと毛色の違う、ベティとウィリアムの少女漫画のような関係も見所。ベティはアクションシーンでは手放しでかっこいいとは言えない。なにしろ、凄腕と評判で既に3回の決闘に勝った彼女だが、その内実は1年前までは銃を触ったことすらない素人なのだ。オーフェンやミズー、シャンクのような手練は望むべくもなく、フリウのように強大な力を持っているわけでもない。そこら辺のチンピラくらいは問題ないかもしれないが、劇中ではどちらかというとハッタリと幸運で生き延びてきたという面が強調されている。イメージとしては「キエサルヒマの終端」におけるクリーオウが思い浮かぶ。



あの後日談でクリーオウの傍にコルゴンがいたように、「契約」によって彼女を守り、助け、教えるのがウィリアムだ。伝説のガンマンとしての過去を持つ、幽霊のようなこの男を、ベティは(秋田ヒロインとしては意外なことに)ごく自然に男性として意識しているように思える。秋田作品だからそれほど直接的な表現は出てこないものの、男装を解いて気が抜けているところを見られて焦ったり、敵の襲撃に気づいて起こしに来たのを夜這いと勘違いしたり、自分が好きなのかと聞いてみたりと、所々でイベントが発生する。基本的にシリアスで乾いた雰囲気の中にこういうのがあると、ひどく楽しく感じられた。


最後の一人であるフラニーは、「見えないものが見える」という超自然的な能力を持つという点で、現実主義者のウィリアムとはベティを挟み対称的な存在だ。人間は石をぶつけられても死ぬ。武器には魂など存在しない。そんな秋田世界に真っ向から立ち向かう少女で、だからこそというべきか、SF/FT作品としてのこの世界の謎を一手に担っていくことになる。



以上3人のほかにもベティが追うロングストライドとその相棒ビリーや、シヤマニの戦士ベワセッチなど、秋田らしい人間くさいキャラクターたちがドラマを繰り広げる。その密度はやたら濃く、4話など一行読み飛ばしただけで話についていけなくなりそうになった。既にザ・スニーカー誌上では全9回の連載は終了済み。11月の下巻を楽しみにしている。

その他

  • 表紙はもうちょっと色気出してもよかった気がする。いやおっぱいとかぱんつとかでなく。それでもいいけど。売らんかな主義的な意味の色気。 
  • あの帯に合わせて「おっぱい揉んだりしてるのにライトじゃない!? by秋田」これPOPとして書店さんに配布すれば馬鹿売れ間違いなしじゃね?
  • やっぱり雑誌の複数段組より文庫の段組なしのほうがずっと読みやすい。特にベティはザ・スニで唯一の4段組だったから尚更。
  • あとがきで珍しく自作のテーマとかについて語ってた。いやRDでもやってたか。twitter始めたことといい、姿勢が変わってきてるな、とは思う。いいか悪いかは分からない。
  • うちと違って内容にかなり踏み込んでる素晴らしい感想 徒然雑記 : ベティ・ザ・キッド(上) - livedoor Blog(ブログ)
  • 販促絵のベティの指添え方が可愛い。つーかエリザベス・スタリーヘヴンちゃん、どのイラストでも女であることを隠しているようには見えないw 多分ウィリアムが常に一緒にいるせいだと思うんだけど。
  • 結構部数絞ってるみたい。まーラノベレーベルではブランクあったしなー。でも、大阪屋ランキングでベティそれなりに数字出てたのでよかった。圏外レベルも覚悟してたので。