甘い蜜の部屋/森茉莉/ちくま文庫

甘い蜜の部屋 (ちくま文庫)

モイラを生むと同時に死んだのはあれの倖せだった。俺の恋人に乳を遣って醜くなって行くのがあれの役割だったのだ。


物心つく前に母親と死別し、父親の溺愛を一身にその身に受け、我侭にモイラは育ってきた。モイラはその生まれ持った美貌と無意識の媚態で、ピアノの教師、父親に仕えている馬丁、最終的に彼女の夫となる若いながら老成した資産家と、次々に男たちを溺れさせていくが、彼女の愛は父親にしか向けられない。男たちは、父親と娘の濃密な関係に嫉妬する。


悪女、という言葉の持つイメージからは程遠い、物憂げで、特に好色でもない娘、モウラ。モウラを愛してはいても、決してそれに溺れて社会的地位を失うことなどなく、自然体で、他の男のところに嫁にやっても最終的には必ず自分の元に戻ってくると確信している父・林作との関係が、不気味だった。作者は文豪・森鴎外の長女であり、この小説は父親との実際の関係に拠るところが少なくないらしい。非難するつもりは全くないけれど、この作品に限らずよくそういうことを大っぴらに出来るなあ、と俗っぽい、見当違いな感想を抱いてしまった。


桜庭一樹のブックリストにも載っていた一冊で、『私の男』のテーマ的に、そちらを読み解く参考にもなるかもしれない。ならないかもしれない。ならないだろうな、と適当なことを言ってみる。自分はまだ『私の男』を読んでいないので尚更適当。この間見かけた『ユリイカ(asin:4791701712)』で、タイミングよく特集をやっていた。