小林めぐみ、という作家について幾つかの


食卓にビールを』完結、そして初のハードカバー単行本。なんだか節目の時期に差し掛かってるみたいですね。一時期に比べると最近やや寡作気味ではあるけど、まあばりばりとシリーズ物の刊行を望むような人でもないし、細く長く書いていってください。


ところで。小林めぐみという人は初期の『ねこたま』『まさかな』『ねこのめ』以降は普通のヤングアダルト作家になってしまった、『ビール』で久しぶりに読んだ、という読者が多くて、それ以外の作品の評価がイマイチなのですが、ちょうどその空白期間に読者になった人間としてはちょっと歯がゆいものもあったり。まあ、今挙げた作品の「小林めぐみ度」が高い(ここら辺は文体の問題もあるのかなあ)ことに異論はないし、相対的に見ればそう不当な評価でもないのかもしれないけど、『ねこのめ』以降『ビール』以前の作品もあれはあれでいいところがあるんですよ。


例えば作者としては最長の9巻を数えたシリーズ『必殺お捜し人』。幼なじみの子供たち3人が元気に活躍する、個人的なイメージとしては『GOSICK』みたいな少年少女冒険譚 。『ねこのめ』『ビール』と並んで私の好きなシリーズの一つですが、分かり易くて、でも意外と丁寧で、"奇蹟ハンター"みたいなこばめぐらしい世界の見方も忘れない、という地味な良作だと思うんだけどなあ。『スレイヤーズ』や『オーフェン』、『フルメタ』と富士見は一発狙いで駄目になった、という意見をたまに見るけど、看板が目立つ裏で、このシリーズみたいな地味な存在も地味に売れてたのですよ(Matsu23の日記に掲載されてる日販ランキングで20位までに何回か入ってた)。「売れ筋を狙った」「普通のヤングアダルト作家になった」そらまあ、文体も世界設定も初期作品と比べればそう独特なものではないけど、当時の富士見にいた誰が『必殺お捜し人』を書けたか、っつうとそれは、こばめぐ以外にいないんじゃないかなあ。というか、こと世界設定に関しては、こばめぐの場合、奇抜なものを生み出せるってことより、そこに住む人たちをきちんと描いてる、ってことの方が重要なんじゃないかと思う。息遣いが感じられる、というと大げさだけど。

小林さんの構築する世界って、なんかこうキラキラしてて、それでいて奥行きや厚みがあって、世界そのものに存在感がありますね。その秘密はなんなのでしょう。

さりげなく描かれるディティール、物語の場面場面で、仰々しく説明するのではなく、ほんの少しずつ描写される街の様子、人々の生活、文化、風俗、それらが総体となって、世界の確かさをささえています。しかも登場人物の目を通して描かれるので、ほんとうに自然に描かれています。ときには、登場人物にとって自明の(読者にとってはなじみのない)用語などがポンとでてきたりもします。ちょっととっつきにくい印象をあたえる危険性はありますが、あえてそうすることも世界の存在感を高めています。

そして、この世界のディティールをささえているのが小林めぐみ独特の史観的アプローチです。小林さんの作り出す世界には歴史があります。考えてみれば当たり前の事なのですが、どんな社会にもそれが築かれるまでの歴史があります。今この時は独立して存在するわけではないのです。長い歴史の中の今―――それが小林さんの作品の舞台であり、登場人物たちが生きている世界です。当然、彼らの生活には、歴史の中で築かれた文化や生活があります。それがさきほど述べたディティールとして描かれているのです。でも、歴史の中にあるといっても登場人物にとってはあくまでそれは『今』。ことごとしく歴史を描くのではなく、バックボーンとして歴史は存在する。そのさりげなさが世界に奥行きをあたえているといってもいいでしょう。


『君が夢、河を上りて(下)』編集者による解説より

SFとファンタジーの双面神。小林めぐみは、この両分野を、見事に危うい均衡を保ちつつ描ききっているのである。
ぼく自身、このジャンルはどちらも大好きで、随分楽しんできたし、翻訳ではどちらにも関わってきた。
しかし、この双方にまたがるというのは、とても難しいのである。
どちらかが主になってしまう。
まあ、現代は科学の時代であるから、たいていはファンタジーをSFで料理するというのになりがちだけれど。
そして、それには傑作や気のきいたものもあるが、なんだか手品の種を見せられたようで鼻白むものも少なくない。
ところが、この『ヤクシー』では、モードが自然にSFであり、そして、ファンタジーでもあるのだ。混ぜあわさったというより、むしろ、ファンタジーとSFが部分部分でかわるがわる顔を出す。
もちろん、この作品を―――特に終盤プロットが割れてからを―――SFであると感じる人も多いだろう。
でも、ぼくにはさらにその背後の「ファンタジーらしさ」が見え隠れしていて、それがとっても気にいっている。
それはなにも土俗的な信仰が描かれているといった点だけではなく、それこそ「ファンタジーとは往きて還りし物語」とか「自分探し、名前探し」といった全体のトーンの部分でもある。


暁の女神ヤクシー(3) 太陽の踊り子』安田均による解説より


といったような。だから、ファンタジーかSFか現代物か、といったジャンル論もあんまり意味があるとは思えない。それは、本人のインタビューでの

私はSFが好きで物理を学んだのではなく、科学が好きだったから書くものがSF寄りになったので、SFにはまったく詳しくありません。

http://www.sf-fantasy.com/magazine/interview/001101.html


という言葉にも集約されてる気がする。


で、その一方でスニーカーの方では『五日目の月』みたいなホラーや、『いかづちの剣』みたいな重たいもの、『駆逐』シリーズみたいなとことん軽いものも書いてみたり。自分の中でのこばめぐ評価って、強い個性も持ってるけど、どちらかというと(「スレイヤーズ神坂一」「オーフェン秋田禎信」みたいな有名シリーズの冠の方が目立つ作者の方が多い中)器用になんでもこなす、という印象の方が強いのね。まあ、だから上記みたいな『ねこのめ』『ビール』もいいけど『お捜し人』もね!というような評価が出てくるのかもしれないけど、つい先日出たばかりの『食卓にビールを』『魔女を忘れてる』を両方とも読んだ人ならここら辺は納得してくれるんじゃないでしょうか。


まあ、『ねこのめ』以降『ビール』以前の読者でも、そう極端に叩いてる人ってのはあまりお目にかかったことがないけど、相対的に初期作と『ビール』以外は別に読まなくていいというような共通理解がなんとなくできあがっちゃうのも寂しいのでこんなこと書いてみました。……「ねこたま」「まさかな」「ねこのめ」をMFから出したら、誰か一人くらい"そういう"作品だと勘違いして手にとってくれないかな。……というようなことを徒然考えてたら、似たような連想をしてる人がいてちょい嬉しい。


全作レビューとかやろうと思ったけど、巻数多いし、偉そうなこと言っときながら実は読んでないのが2、3冊あるので断念。ええと、とりあえず……


駆け足だけどここらへん。多分に自分の趣味含む。単発物が多いのもこの人の特徴ですなっ。あと、他の人のレビューだと


辺りがまとまった量あるし、おすすめ。