カナスピカ/秋田禎信/講談社(妄想少な目)
前回の感想に少々思うところがあったので、やり直し。
ツンツンと殺伐とした話ばかり書いて、恋愛を書こうとすると背中が痒くなると言っていた作家がようやくデレた新作。今回、中学生が主人公ということもあってか、凝った文体は鳴りを潜め、読みやすく仕上がっています。
どこにでもいそうな中学生・加奈と、地表観測用人工衛星が少年の姿を取った"カナスピカ"の、心の交流を爽やかに描いた青春小説。加奈とカナスピカの噛み合わない会話はどこか間が抜けていて、和まされます。愛嬌のある無機物、というのは矛盾しているようですが、結構昔からある"萌え"要素ですよね。この手の掛け合いは秋田禎信のお手の物。最近話題になった田中ロミオ『人類は衰退しました』の主人公と妖精さんのやり取りを思い出すのもいいかもしれません。
その、年を取った読者が直視するには少々眩しく、こっぱずかしい雰囲気を評してジブリ映画、特に『耳をすませば』という人もいますが、これは自分の中でちょっと違ってて。甘いものに例えるなら『耳すま』は砂糖菓子、本作は柑橘類の甘さ、というか。ちょっと、どころか大分ズレてるような気もしますが、そんな感じです。比較的近そうなところで言うなら……岩本隆雄『星虫』辺りになるのかな?
何より、確かなのは読後感が非常にいいということ。ページ数としてはそれほどではありませんが、だからこそ物語が停滞することがなく、読んでる側としても途切れることなく主人公・加奈の瑞々しい世界観に没入することができ、それが心地よい読後感に繋がっているのではないか、という気がします。梅雨に入り、湿度が高く、不快指数が上がりがちなこの季節に、ちょっとした清涼感を味わってみませんか?