スレイヤーズが好きだった10代の僕を、どうやって否定すればいいんですか

こんにちわ、「スレイヤーズ」でこの世界に転がりこんだ人間です。干支は戌年です。好きなキャラはコピーレゾとリビングメイルのナタリー、好きな呪文は黒妖陣<ブラスト・アッシュ>です。アニメはTRYと劇場版無印、ぐれえとが好きです。


……私にとっての「スレイヤーズ」の魅力というのはたくさんあるんですが、その中の一つに、魔法や魔族といったファンタジー的な世界観の神秘性を解体したことがあると思います。「スレイヤーズ」の設定解説って、凄くとっつきやすいんですよね。例えば、私が「スレイヤーズ」のちょっと前にはまった作品に、「BASTARD!!」という漫画があります。


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これも、呪文詠唱のかっこよさに惹かれた人間が多かった点とか、魔法バトルをパワーゲームにしたという点では共通点は多いんですが、しかし世界設定自体は既存のファンタジーのものを引用しているに過ぎなかった。天使があんな性格だったり、悪魔がこんな性格だったりはしますが、それはキャラクターの見せ方の問題。設定の説明の仕方も、普通でした。


誤解されることも多いけど、「スレイヤーズ」って全く理屈もなしに手から破壊光線が出るような世界観じゃないんですよ。ただ、神秘性や小難しさみたいなものとは無縁なだけで。魔族は基本的に根性で生きている連中だとか、魔族が魔法を使わないのは、精神資本の魔族にとってプライドが傷つくことは即死に繋がる、つまり「サラリーマンが難題を押しつけられて、結局自分だけでは解決できず、上司の力添えを頼むんだけど、仕事が終わった後に首を切られる」みたいなもんだから、だとか、あの世界の魔力容量には2種類あって、ゲーム風に言うと最大MPと、一度に使えるMPの最大値の違いだとか、要は、読者を世界に馴れ親しませるための喩えがうまかった。それは結果的にファンタジーの神秘性を解体することに繋がり、叩かれる一因にもなったわけですが、それ以上に私にとっては親近感が増すこととなり、魅力的に映ったのです。


ここらへん、心理学用語やらなんやらを引用しまくり、ひたすら難解に「見えるように」作っていたエヴァとは対極的ですよね。


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ただ、私にとっては両方ともほぼ同時期に並行していて嵌っていた角川作品です。スレイヤーズの呪文詠唱を覚えることも、エヴァの影響を受けて死海文書を読むことも、当時はそれが魅力的に映ったからそうしただけで、特に区別されていません。だから「エヴァにはまってた自分」は肯定出来るけど「スレイヤーズにはまってた自分」は肯定できない、という意見はよく分かりません。どっちも否定する、というならまだ分かるけど。……というか、そんな人いるのか?>スレイヤーズに嵌ってた自分は黒歴史だけどエヴァはそうじゃない


んで、何かと取り沙汰されることの多い、スレイヤーズのパロディ云々と第二部についてなんですが……みんな、本当にそんなにパロディであることを意識して読んでいたのかなあ?というのが正直なところ。パロディというからには、下地がある筈です。今思えば、確かに「スレイヤーズ!」はパロディてんこもりで、既存の小説の枠組みを破壊した代表的作品(前例は幾らでもあるだろうけど)だったと納得できます。しかし、当時の自分には小説的素養というものがほとんどなかった。ゲームもあまりしなかったし、あれがパロディ小説とは全く意識していなかったんです。部下Sの人の名前の元ネタも、謎本読んで知ったぐらいですからね。後書きで作者自身が「この小説はRPGのノリで〜」などと触れていても、いまいちピンと来なかった。「こういう小説なんだな」ぐらいで納得してました。


そういった個人的な事情を抜きにしても、パロディが肝か?と言われると首をひねらざるをえません。確かに、「すぺしゃる」は特にそういう要素が強かった。しかし、本編はどうでしょう?「アトラスの魔道士」は?2巻の時点で、比較的シリアス色の強い、真っ当な(というと語弊があるけれど)話をしていませんでしたか?「サイラーグの妖魔」は?「ヴェゼンディの闇」は?まあ、重視する要素は人それぞれと言われればそれまでなんですが……まず、基本のお話作りがきっちり出来てたから、というのも重要なんじゃないかなあ。と、こういう意見の人なので、2部に入って急に真面目になったからつまらなくなった、というのにも賛同し難がったりします。


最後に、「スレイヤーズ」が何故語られないのか、ということについては、既に過去のものだからじゃなくて、むしろ、その逆ということもありうると思います。確かに、「スレイヤーズが好きだった自分」というのは、その人にとって過去の存在なんでしょう。しかし、「スレイヤーズ」という作品自体は、「すぺしゃる」がいまだにドラゴンマガジンで連載していて、一定の人気を保ち続けている。先日発売された新刊が、日販ランキングで3位に入っていることからもそれは分かります。だから、過去の名作という地位をいまだ獲得できない。私自身も、それは現在の読者を否定することに繋がりかねないので、あんまりしたくありません。かといって、作品個別で語る人は結構いるけれども、「現在の」ライトノベルの枠組みの中での位置づけが云々、という人もあまりいない。そういう視点も面白いと思いますけどね。


ただ、流行り廃りの激しい業界で、いまだにこれだけ売れ続けているという事実が、あの作品の偉大さを示している、というのは確かでしょうね。

関連リンク

http://d.hatena.ne.jp/cherry-3d/20060602/1149270381
http://d.hatena.ne.jp/giolum/20060605#1149444145
http://d.hatena.ne.jp/kim-peace/20060605/p3
http://novel.no-blog.jp/minkan/2006/06/post_cea3.html


……ふと思ったけど、「スレイヤーズ」の最も成功した後継者って「薬師寺涼子」シリーズなんですかね、と言ったら怒られるだろうか。私は読んでないんですけど、どうなんでしょう田中芳樹ファンの人。