戦闘美少女の精神分析/斎藤環/太田出版

戦闘美少女の精神分析
随分前から探してたんだけど、ようやく読めたー。というか基本的に文庫しか買わない人間なんで、この手の本に2,000円は辛い……結局某新古書店で半額だったのを買ったんですけど。さっさと文庫化してほしかった。


とりあえず気になったトコだけメモ。

  • 「おたく」について
    • おたくとマニアの違いは、その趣味に実体性があるかないか
    • パロディや評論、コスプレはおたくがその作品を所有するための手段
    • アニメならキャラデザ、脚本、マーケティングに到るまで、鑑賞するレベルを切り替えたりする技術を持っていて、これは「醒めつつ熱狂する」という姿勢に繋がる
    • 「○○萌え」という言葉に代表されるようにおたくは「そのキャラクターを好きな自分」すらもネタにできる
    • アニメキャラの18禁同人誌が売れるのを見れば分かるように、おたくは必ずしもキャラクターを偶像視しない。
    • こういった欲望の切り替えができる故に、おたくが「現実に」倒錯者であることはほとんどない
  • ヘンリー・ダーガーについて
    • ダーガーは自分の作品が人の目に触れることをよしとしなかった
    • ダーガーが描く少女たちはふたなりだった
    • ダーガーの描写におけるもっとも性的な側面は、暴力の描写において存分に発揮される
    • 思春期心性と、メディア環境の生産的なカップリング
  • 「戦闘美少女」について
    • 海外ではこの種の、まだ十分に成熟してない女性が戦うような作品どころか、女性のセクシャリティを売り物にしたアニメが作られること自体稀である
    • 魔法少女の「変身」は「加速された成長の過程」
    • 戦闘美少女物では成熟=悪の構図が頻繁に見られる
    • 小さな身体で大きな相手を投げ飛ばす、ということがやたら強調される「YAWARA!」
    • リュック・ベッソンの可能性
  • 漫画・アニメの表現技法について
    • 時間と空間が、主人公の情念と迫力表現のために著しく歪曲・誇張されるという「無時間性」⇒「マトリックス」「小林サッカー」?
    • 客観的な「クロノス時間」と主観的な「カイロス時間」。フレーム毎の時間の流れが均質なアメコミが前者であり、瞬間を饒舌に描く日本の漫画が後者である
    • 漫符や擬音、吹き出しや集中線など漫画の多重なコードは相互に同期して一つの意味を読者に伝える⇒ヴァラエティ番組のテロップや「スタッフの笑い声」
    • かな・漢字二重表記の日本語のように、漫画・アニメは高度に文脈依存的である。だから漫画においては画力が必ずしも最優先事項ではない
    • 漫画・アニメは複雑な人格は描き得ないが、魅力的な典型を時に生み出す
    • 表現形式が表現内容を規定する(=お約束)
    • メディアの多様化はジャンルの貧困化をもたらす可能性がある
    • 「大きな瞳と小さな口元」「バンクの多用」など「アニメ絵」の普及が画像情報の貧困化(動画なのに動かない)をもたらすと同時、最小限の情報で共有可能なコードを作り出した
  • まとめ
    • 欧米で図像の、特に性表現の規制が厳しいのは現実を必ず虚構の上位に置かねばならないという抑制が働くからである
    • 逆に日本では虚構が自律的リアリティを持つことが許されている。そのリアリティを支える最も重要な要因がセクシャリティである
    • 受け手の欲望がノーマルなものであればあるほど、戦闘美少女は倒錯的な性を表現する
    • 欧米の「戦う女性」がレイプへの復讐といった外傷性を戦う動機としているのに対し、日本の戦闘美少女が戦う理由は「唐突に、外から、理由なく」もたらされる⇒「ナウシカ」におけるナウシカクシャナ
    • 無根拠性、非実在性こそが逆説的なリアリティをもたらす
    • 虚構に描かれた金銭、権力に反応しない欲望が、性には喚起される⇒食欲は?
    • 性器のみにモザイクをかけたヌード写真の流布が、決して触れられないからこそ特権的な地位(自らの性的な魅力への無関心さとそれを裏切る誘惑的な表層、性器の抹消と身体のエロス化)を戦闘美少女に成立させた
    • 外傷性を許すとそこらから日常的なリアルが侵入してきてしまうため、戦闘美少女に外傷性はない
    • 少女の戦闘とは「描かれた享楽」でなければならない

なんかメモというか要約に……