壁/安部公房/新潮文庫

壁 (新潮文庫)

さて、ずっと以前、と申しましてもみなさんがこの世に存在するよりはまだ昔のことです。地球がまだ平たい板で四頭の白象に支えられているとか考えられていたころ……、世界の果、それは当然極度に密度の拡散した周辺地帯として解釈されていました。しかし、現代、地球が球体になってこのかた、すっかり事情が変わったのはみなさんもご承知のとおりです。すなわち、世界の果という概念も、むしろその言葉の持つニュアンスとまったく逆の相貌を呈してきた。つまり、地球がまるくなったので、世界の果は四方八方から追いつめられ、そのあげくほとんど一点に凝縮してしまったのですね。お分かりでしょうか?もっと厳密に言えば、世界の果はそれを想う人たちにとって、もっとも身近なものに変化したわけです。いいかえると、みなさん方にとっては、みなさん自身の部屋が世界の果で、壁はそれを限定する地平線にほかならぬ。現代のコロンブス的旅行者が船を用いないのも、むべなるかな!真に今日的旅行くものは、よろしく壁を凝視しながら、おのれの部屋に出発すべきなのであります。


安部公房が注目されるきっかけともなった芥川賞受賞作。たけー難度たけー。この人にしか書けない世界であることに違いはないだろうけど、自分が最初にこれ読んでたら以降手を出したかどうかわかんないなあ。