三四郎/夏目漱石/新潮文庫

三四郎 (新潮文庫)

「どうも妙な顔だな。如何にも生活に疲れている顔だ。世紀末の顔だ」

「何故奥さんを貰わないのだろう」
「そこが先生の先生たるところで、あれで大変な理論家なんだ。細君を貰って見ない先から、細君はいかんものと理論で極まっているんだそうだ。愚だよ。だから始終矛盾ばかりしている。先生、東京程汚いところはない様に云う。それで石の門を見ると恐れを作して、不可ん不可んとか、立派過ぎるとかいうだろう」
「じゃ細君も試みに持って見たら好かろう」
「大に佳しとか何とか言うかも知れない」
「先生は東京が汚いとか、日本人が醜いとか云うが、洋行でもした事があるのか」
「なにするもんか。ああ云う人なんだ。万事頭の方が事実より発達しているんだからああなんだね。その代り西洋は写真で研究している。巴里の凱旋門だの、倫敦の議事堂だの沢山持っている。あの写真で日本を律するんだから溜まらない。汚い訳さ。それで自分の住んでる所は、いくら汚くっても存外平気だから不思議だ」


田舎から上京してきたインテリ童貞青年が、変わった女に惚れる。題材的には、「こころ」「坊っちゃん」などよりこっちのが随分共感できるなあ。