秋田禎信作品入門

根が消極的なので、人に薦めるのって得意ではないんですが、秋田スレでそんな話が出ていたので。


ひとつ火の粉の雪の中 (富士見ファンタジア文庫)

ひとつ火の粉の雪の中 (富士見ファンタジア文庫)

鬼が喰らい、修羅が斬り、人が生きる。それが定め。哀しく妖しい、この世の定め…。最強の修羅・鳳は、焦土と化した村でひとりの少女と出会う。少女は夜闇。鬼の血をひき、鬼の力“鬼界”を秘めたる娘。鳳は夜闇を連れ、旅に出る。永劫にも似た、果てのない旅路。だが、夜闇の力を狙う妖しのものどもの跳梁により、封じられていた“時”が動きはじめた…。第3回ファンタジア長編小説大賞準入選作品。幻想味あふれるジャパネスク・ファンタジー


手っ取り早く1冊で完結しているものを求めるなら、『ひとつの火の粉の雪の中』がいいでしょう。作者の処女作で、幻想的な雰囲気の和風ファンタジーです。押韻を多用する文体は好き嫌いが分かれるかもしれませんが、読みにくいということはないと思います。


問題は、話の筋がやや分かりにくいこと。それと、現在既に在庫なし重版未定なので、手に入りづらい、ということでしょうか。といっても、『オーフェン』人気に後押しされたのか、私の手許にあるものは9版ですし、古本屋などにはそれなりの数が出回ってると予測されるので、レア、というほどのものではないでしょう。


「てめえいいかげんフザケタことばっか言ってっと、ローラーでひき殺すぞ。」俺は心地よい眠りから、罵声でたたき起こされた。俺の名はオーフェン。本業は魔術士だが、副業でモグリの金貸しなんぞやっている。罵声の主はボルカンという地人のガキだ。俺から金を借りているくせに、ちっとも返そうとはしやがらない。このガキがどうやら、金儲けの話を見つけてきたらしい。あまり、アテにはできないが、とりあえず奴に言われたとおり盛装して、とある金持ちの屋敷にやって来たのだが…そこで、俺はあいつに出会ったのだ―。期待の新鋭が描く、コミカルでシリアスなハイブリッド・ファンタジー


とにかく代表作を、ということならやはり『魔術士オーフェンはぐれ旅』。これは、魔法やドラゴンといった設定が少し風変わりで、魅力的なキャラクターが活躍する西洋風ファンタジーです。今読むと、序盤の雰囲気が少々古いのが玉に瑕でしょうか。一般的に評判が高いのは1部後半なので、前半がつまらないからといって投げ出すことはお勧めしません。


全20巻、というのは未読の人を尻込みさせるかもしれませんが、1〜10巻までの第1部西部編は基本的に1巻完結でシリアスとギャグがバランスよく配置されている一方、11〜20巻までの第2部東部編は全体を通してのシリーズ構成がなされていること、シリアスな一面がより強調されていて雰囲気が暗いことなど、ほとんど別物の話と言っていいでしょう。前者だけでも話は完結しているので、まず全10巻の西部編を読んだ後、気に入ったならその続編の東部編を読む、というぐらいの心構えがいいと思います。


金貸し魔術士オーフェンの破滅的な日常を描いた脳髄破壊ファンタジー短編集。書き下ろし『青春編』も同時収録。


ひたすら笑えるものを、というなら『魔術士オーフェン無謀編』。一応、『はぐれ旅』の方が本編ということになっていますが、あちらを読んでいなくとも全く問題ありません。破天荒なキャラクター、掛け合い、言葉遊びが面白いギャグ短編集です。曰く、「言葉のナイフが肺腑を抉る!悪口雑言ファンタジー!」。大体合ってる。


ちょっと特殊な位置づけなのが、『プレオーフェン』。これは、『無謀編』短編集の巻末に毎回ついている、主人公オーフェンが過去、魔術士養成学校<牙の塔>に通っていた頃の話。『無謀編』とは違い思いっきり番外編なのですが、これがギャグあり、シリアスあり、泣かせる話あり、ラブコメありとバラエティに富んでいて、正直な話、最も万人向けなのはこのシリーズじゃないか、と私は思ってるんですね。


ただ、一応番外編だしなあ……。『はぐれ旅』を読んでいないと全く分からない、という話は多分ないと思うのですが、それでもプレ編から先に、というのはちょっと微妙かなあと。まあ、『はぐれ旅』を読まずに『プレ編』から入った、という人を聞いたことがないので、正直な話、なんとも言えませんが。


閉鎖のシステム (富士見ミステリー文庫)

閉鎖のシステム (富士見ミステリー文庫)

鳩時計の鳩を、また見逃した。8時、9時、そして今。―俺は鳩に負かされている。残業と勝ち続ける鳩にため息をつき、撞久屋市論悟はつぶやいた。「死んじゃおうかな。いや、こんなんで死んじゃ駄目か」その日、巨大ショッピングモール『プラーザ』に異変が起きた。停電。シャッターが降り、静謐が支配するビルに残されたのはそこに店を出す論悟、香澄に、高校生の康一と教子。まるで、出口のない迷路のような『プラーザ』を、彼らはさまよう。そして、暗闇の中、突然に犯罪は始まった。『プラーザ』に犯人が?閉ざされた空間で緊迫は高まっていく。


キャラの掛け合い、会話劇、言葉遊びを楽しみたいなら、『閉鎖のシステム』。停電したショッピングモールという閉鎖空間で起こる殺人事件、逃げ惑う人々……といった内容で、一応富士見ミステリー文庫から出ていますが、謎解きなどを期待してはいけません。そこに『物語』があるのか、と問われればないとは言い切れませんが、そうした楽しみ方をしている人が少数派であることは念頭に留めておくべきでしょう。


白く美しい指先に一瞬だけ力が込められる。ただそれだけ。それだけでその男のあごは音を立てて、あっさりと外れる。痛みにのたうち回る男をその真紅の髪の美女は、炎のような赤い瞳で冷たく見つめていた…。絶対殺人武器―イムァシアの刀鍛冶たちにより最強の暗殺者として育てられたミズー・ビアンカは辺境の街にいた。目的はとある退役騎士の情報を得ること。彼は“精霊アマワ”の手掛りを持つ唯一の男なのだ。世界の滅亡の鍵を握る“精霊アマワ”。その強大な力と、それを巡る陰謀にミズーはたった一人で闘いを挑む!触れれば切れるほど研ぎ澄まされた、冷厳なる幻想世界が君を待つ!秋田禎信入魂の新シリーズいよいよスタート。


『エンジェルハウリング』は、評判を聞いている限り、とっつきやすいとは言えません。言葉遊びが過ぎた文章、進んでいるんだかいないんだか分からなくなる展開、鬱屈とした雰囲気。ただ、テーマ性の高さ、完成された幻想的な世界観(あの10巻で終わらせるには惜しいくらい)、などなど魅力的なところはたくさんあります。とりあえず、1巻の冒頭を読んでみて気になったら手を出してみてくださいな。


永遠の命を求めて人体実験を繰り返す凶悪な魔法使いたち。奴らを相手に、必殺の剣を提げて立ち向かう若き秘儀盗賊シャンク。教区外で魔法使いを追いつめ、ついには“魔力結晶”を手に入れたはずだったが、それは少女の姿をしていた!すべての常識を無視したこの少女に振り回され悲鳴寸前のシャンク。ちょっと待て、不老不死はどこ行った!?秋田禎信が贈る“剣と魔法”の冒険活劇いよいよ開幕。お代は見てのお帰りだ。


逆にとっつきやすいのは、『シャンク!!』。これも西洋風ファンタジーなんですが、比較的軽快なノリで、凝った言い回しなどもなく、サクサク話が進んでいきます。ただ、とっつきやすいというのは、この作者独特の文体を抑え目にしているから、というところも少しあって、それが熱心なファンには最初少し不評でした。


メインテーマは、主人公のとある使命を帯びた剣士の少年と、魔法により猫にされてしまった魔女の関係、でしょうか。割と王道のジュブナイルファンタジーだと思いますが、それだけに料理する人の腕が問われるわけで……。このシリーズは全4巻と、『オーフェン』や『エンジェルハウリング』に比べてコンパクトにまとまっているのもいいですね。ただ、前半はなかなかシリーズの着地点が見えない分、少々退屈するかもしれません。このシリーズの真価がはっきりするのは2巻ラストで主人公の目的が明かされてからだと思うので、序盤は少々我慢してくださいな。


クラスメートにこっぴどく振られたことがきっかけで超能力に目覚めてしまった王子悟。それ以来、自称喜びのエスパーマンこと金郷地小五郎から、エスパー戦隊に入れとしつこく迫られるは、突如として世界征服を狙う悪の組織が現れるはで、平平凡々だった悟の日常は一変。「哀しみのエスパーマンは哀しみによって力を発揮する。さあ哀しめ」。「いーやーでーすー」。とかなんとかいいながら、金郷地にのせられてエスパー戦隊として働く悟に明るい未来はやってくるのか!?秋田禎信がゆる~く贈る問題作!ついに登場。


『愛と哀しみのエスパーマン』は、B級特撮パロディラブコメです。もしくはラブコメB級特撮パロディ。意図して作られたかのようなチープな雰囲気が魅力といえば魅力、なのですが……正直な話、これもあまりお勧めしません。


以上、単著の単行本が出てる作品に限り、軽く褒めちぎってみました。こうして見ると、それなりにラインナップは多様な割に、諸般の事情で万人向け、というのは少ないですね。やっぱり長期シリーズ物が大多数だからかなあ。


ここに新作が一日でも早く入りますように。某所の情報によると4月発売予定になるかもらしい。雪解けはもうすぐそこだ。