王国神話 空から降る天使の夢/明日香々一/富士見ファンタジア文庫

王国神話―空から降る天使の夢 (富士見ファンタジア文庫)


シスルーン王国の王子ディオンは、幼い頃に少女オルフィナを拾う。以来10年間、2人は共に成長してきた。その間、ディオンをずっと困らせてきたオルフィナの癖。それは、毎晩のように彼女が彼のベッドに潜り込んでくることだった。第15回ファンタジア長編小説大賞最終選考受賞作。


この作品、「選考会で物議をかもした問題作」という煽りが打たれています。大体、こういう場合の「問題作」って実際は大したことない場合が多いんですが……。正直に言います。ファンタジア大賞受賞作をそれなりに読んできて、これほどの問題作に出会ったことはありませんでした。個人的には「カンフー・ファイター」よりこっちのがよっぽど問題作。


では、何がそんなに問題なのか?それはラストにあります。ちょっとネガティブ方向に熱くなっちゃったので以下隔離。


ネタバレをしてしまうと、オルフィナはそもそもディオンの住む世界とは別の世界の女神という設定になっています。しかし、彼女は神としての力を十分に発揮するため、束縛されていた。それが嫌になり、彼女は自分にとっての理想の世界を創造し、そこに逃げ込みました。それが実はディオンたちの住む世界ということになっています。


オルフィナが逃げ出した後、彼女が元いた、天国のようだった世界はバランスが崩れ、荒廃しました。そんな世界を救うため、彼女を連れ戻すために、彼女の家来たちが派遣されてきます。しかし、彼女は既にこの世界とディオンに愛着を持っており、還りたくはありません。そこで彼女が出した解決策とは、自分とディオンで子作りをし、産まれてきた子どもをあちらの世界に差し出して、新たな神とすることで荒廃した世界を元通りにすること……。


少々口汚く言うならこれは、自分が男とイチャイチャしたいがために子どもを産んで自分の代わりに異世界に奉公に出した、ということです。しかも、自分にも確実に責任の一端がある世界の荒廃の尻拭いをさせるために。


タイトル通り、この作品は神話であり、オルフィナの倫理観は所詮人間とは違うのだから、あの解決法を批判してもしょうがない……のでしょうか?


確かに、神話の中で描かれる神様は近親相姦しまくったり、信者の子どもを生贄として要求したり(これはブラフでしたけど)、現代に生きる私たちとは異なる倫理観で動いていることは知っています。オルフィナは、仮にそれで説明がつくとしましょう。しかし、彼女の意見に納得したディオン王子は?彼も所詮、物語の中にしか存在しないということを考えれば、神話世界の住人なんでしょうか?違います。物語の中で、彼が住む世界とオルフィナのいた世界は明確に区別されています。そのため、ディオンは何度かそのことによるギャップを感じていますし(その割に、普段のオルフィナや彼女の家来たちはやたら人間くさくて、価値観の違いは全く感じないのですが……)、実際、子どもたちを手放すことにも、一応罪悪感のようなものは覚えていたようです。しかしオルフィナは、そんなディオンを、離れていても心が重なっていれば苦しくない、という理屈で丸め込みます。ディオンも、1、2ページであっさりと納得。あっさり過ぎます。実は、オルフィナが創造したこの世界は、全て彼女の価値観に支配されているとでも言うのでしょうか?しかもそれは親の理屈だし、彼女が自分の我侭のために子どもたちを放り出した、という事実は何も変わりません。大体、その理屈でいくなら、彼女は別にディオンと離れても苦しくない筈でしょう。

問題は、それを赦してなお、それがなかなか為せなかった場合だ。
大地神としての命の刻は急激に進み、もどらぬ支柱によって世界はただ崩れてゆく一方となる。
そうなったら、輝く世界は確かな破滅を迎えるのだ。
否応なしに、パチンと砕けて。
それでも、オルフィナは最後まで駄々をこねるつもりでいた。

既に十年待てたのだ。今更一年や二年待ってくれても、一体どんな違いがあるというのか。

あんまりな言い分であることは自覚していた。
けれど、無茶であろうとなんであろうと。
折角得た希望を簡単に手放すことなど―――出来るはずもない。


※強調部分は私の編集です。


これは、ディオンとの間になかなか子どもができなかったらどうするのか、と考えた場合のオルフィナの答えです。中盤までは、彼女も自分が世界を見捨てたことをそれなりに悔いており、あちらに還るのか還らないのか、といった葛藤がありました。一時期流行ったセカイ系じゃありませんが、世界と男を両天秤にかけて葛藤の末に男を取るというなら、それはそれで構いません。しかし、それにしても、自分の子どもを身代わりにすればいいと分かった途端にこの言い草。これなら、まだあちらの世界に対する感情は憎悪一辺倒だった方が納得できます。


オルフィナは、あまりに自分勝手過ぎます。それを貫き通すならまだしも、中途半端に葛藤してるような描写を入れるから、ますます印象が悪くなる。似たような、世界と男どちらを選ぶかという選択を迫られたキャラとしてエメロード姫@魔法騎士レイアースがいます。あちらも結構批判されることが多いのですが、個人的にはあちらの方がまだ好感が持てます。


こういう話を、私は美談とはとても受け入れられませんでした。