魔術士オーフェン無謀編(11) もういいかげんあきらめろ!/秋田禎信/富士見ファンタジア文庫

もういいかげんあきらめろ!―魔術士オーフェン・無謀編〈11〉 (富士見ファンタジア文庫)


俺がいったいなにをした?:キース・ロイヤルとミース・シルバーとキース・シルバーが時々ごっちゃになるねん。……朝までやっている喫茶店、なるものがあの世界に存在しうるのだろうか、とか。つまり、深夜営業してるからにはそれ相応の灯りが必要なはずで、あの世界の科学力を考えたらそれは結構な贅沢になるんじゃないのかな―とか。なんとなくだけど。


思えば遠くへ来たもんだ:記念すべき連載50回目。当時、まだ文庫未収録だったにも関わらず、ファンブックの無謀編エピソードランキングで1位だった話。まあ、無謀編に含めるには少々反則気味ではありますが……。最後の、コギーのヒロインとしての面目躍如にごろごろ転がった読者は多いんじゃないかと。桃缶さいこー。真の最終回が無謀編とはぐれ旅を繋いでいるとしたら、こちらはプレ編と無謀編を繋いでいる感じ。回想でアザリーが「三人の姉弟は決して離れ離れになったりしない」というようなことを言ってたけど、同時にプレ編「天魔の魔女と鋼の後継」では、後々自分たちの関係に致命的な何かが起こりうることを薄々予感してるような気もして、色々興味深い。あとは、ティッシにできた彼氏ってコミクロンのことかしらんとか、ハルのこととか。


こんな俺に誰がした?:前回に引き続いて牙の塔、キリランシェロ時代が絡んでくる話。普段通りのギャグの応酬をしながら、その実、無謀編全体に致命的な内容で、なかなか危うい。どうも秋田は、この頃既に連載終了を決定していたんじゃないか、と思わせる節がある。オーフェンに責任云々を説き、ゆくゆくは牙の塔が象徴するプレ編時代に帰還させようとしているラシィは、そのまま、無謀編世界から彼を卒業させようとしている秋田の意思だろう。その結末が、「ラシィがキリランシェロの写真を入手したところ、オーフェンの風貌がその当時とあまりに違いすぎていたため、別人だと思い込む」というのは皮肉。「昔とは全部変わってしまった。もう元には戻れない」ってのは、言うまでもなく、はぐれ旅第1部を貫くテーマであります。あとは、ハーティアとのニアミス。精霊魔術グッズの時のクリーオウ、或いはアーバンラマでのコギーたち同様、「ここをくすぐるとどうなるんだろう」的な。でも、ハーティアがトトカンタにいるのははぐれ旅1巻時点で決まってたことで、展開的には無理はない。というか、今まで出てこなかったのが不思議。


ちったあまともに考えろ!:なんとも言いようがない話。まあ、この辺に関してはやる気がない、さっさと『エンジェル・ハウリング』に移行したかったに違いない、と言われてもしゃーないかな、というくらいにはギャグが乾いている。50回以降、無謀編はこの手の話と、ちょっといい話の2パターンで構成されてると思う。ところで、この話でずっと引っかかってたのが「うっわ。殴りて」って言い方。なんかオーフェンらしくない言葉遣いのような気がする、とリアルタイムに読んでた頃からずっと思っていた。


もういいかげんあきらめろ!:「こんな俺に誰がした?」の続き。「とうに執着は捨てたつもりでいたが、それでもやはり過去との接点が完全に切れてしまうことには抵抗を感じる」まあ、そんな感じ。ここら辺の描写は凄い好きだ―。そして、ここでもコギーが一応まあ仮にもヒロインの隅っこの出涸らしっぽいところを見せる。


向かない職業:「選択肢がふたつ以上あって、初めて葛藤が生じる。だが、現実はたったひとつしかない。なにを考えていようとも、現実に残せる行動はひとつしかあり得ない。実際にはそれをすれば良いだけなのだから、悩むこと自体が無駄だと言える。しごく単純な理屈なのだが、なぜかみな、生きることに悩みを持つものらしい。あるいは、それが愛想というものか……」「意味はある。多分まあ、なんだかなぁというような意味が」。DV夫が家庭の問題を解決……いや解決はしてないんだけど、とにかく介入。山岡さんみたいなことしてんなあ。