実況という経験の共有

誰もが同じ時間に、同じ番組をテレビで見る時代は既に終わった、とよく言われます。老若男女に受ける番組がなくなったとか、価値観の多様化とか、それに基づく多チャンネル時代到来とか、理由は様々。前日見たテレビについて学校で子どもが話し合う、という風景も見なくなった。そしてそれと時を同じくして普及した携帯電話が、実際に人と会わなくとも繋がりだけは保っていたい若者のニーズにマッチした、なんてのも学者先生方が新聞のコラムや雑学系の新書でよく仰っていました。


テレビやラジオ番組を見ながらリアルタイムで感想を掲示板等に書き込んでいく「実況」という行為も、そういう「画面越しで繋がりたい」欲求に基づくもの……というか、そういうコミュニケーション行為の最先端ではないか、と思うことがあります。



私が主に参加しているのは2ch外部の掲示板で行われている、アニメ実況。掲示板の体裁を取っているものの、ここではお互いに意見を交換したり、といったことはほとんど見られません。専用の掲示板がなくて、2chのアニメ板当該スレで通常時の雑談と分け隔てなく行われていた頃は、まだそれは「リアルタイムで感想を書き込んでいく」というだけのものでした。しかし、負荷の問題によりアニメ板から専用掲示板に隔離され、時間が経つにつれ人数も増え、実況掲示板という場所に独自の文化が生まれ始めます。その一つが「点呼」。OPやED、あるいはCM、バンク、その他お決まりの場面などで全員が同じ書き込みをする、というお約束事です。もちろんこれをしなかったからといって非難されるわけじゃないし、わざと流れに逆らった投稿をすることで面白がる人もいます。しかし、実況掲示板というのは1分で100レス、200レスがつく非常に流れが速いところです。自然、考えている時間はなく、連想ゲームのようにいかに瞬時に面白い書き込みをできるかが鍵となるのですが、そうはいっても基本的には「キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!」や「(;´Д`)ハァハァ」といった脊髄反射的なレスで成り立っている、というのが現状です。



自分たちのこういう様子を評して、実況民たちは「並列化」という言葉を使うことがあります。元ネタは多分攻殻機動隊。大雑把に説明すると、全員が同じ情報を共有することで個体差をなくすとか、そんな感じ。つまりこれは、自分たちは少なくとも実況に参加している間は個性を捨てていますよ、という表明に他ならないわけです。こうした考えはしばしば匿名掲示板を語る上ではしばしば出てきますが、実況掲示板ほど顕著な例を、少なくとも私は知りません。


ドラマや歌番組を、それ自体が楽しいからではなく、それを見たという経験を他の人と共有するために視聴した人は多いでしょう。そして、それがテレビというメディアの人気を支えていた。実況もそれと同じです。アニメ自体はつまらないけれど実況は楽しい、という人は多い。勿論アニメに興味がある/少なくともあった人が大部分ではあるだろうけど、リアルタイムで実況という行為を共有する欲望の前では、コンテンツの質自体はさして問題にならない(むしろ、実況しやすいかどうかというのが価値基準になる)。特に個性なんかいらない。ただただその時々の経験を共有するだけでいい。慣れない人から見ると異質だろうけど、そんな昔からある欲望が今の時代にマッチした手段で繋がり、人々の目に見えるような形で現れているのが、実況という行為であると思います。